笑顔の行方




「オレはコレで終わりにするつもりはないから」

彼が帰りの車の中でそう言った。


何とか起き上がれるようになってからまたシャワーを浴びた。
ヒリヒリと痛む気がするし、出血も止まっているか判らないので持っていたナプキンをつける。

制服に着替えて帰ろうとすると彼が送ってくれると言った。
断ったが「歩けんの?」と訊ねられて、確かに足元が少し覚束ないのでお願いした。

ホテルの部屋でもあれからあまり会話がなかったが、車の中でも殆ど会話らしきものがない。

「近くの駅までで結構です」

と言ったのに

「家まで送らせろよ。知ってるから」

と言われた。

私の家を知っている?

そう言えば、彼は私の名前を知っていた。
私が級友から名前を呼ばれたら驚いて、私のフルネームを言い当てたのだった。

そうか、彼は私が成島の娘だと知っていたからホテルへ誘ったのだ。
真面目そうな旧家の娘で遊んでやれと思って?

でも、一度限りではないと、次があると言って翌日には約束を取り付けるまで何度もメールをくれた。
今日だって、この次と言って、付き合いを続けたいと言ってくれた。

この前のように私を優しく抱いて甘い声で何度も名前を囁いて・・・最後までしてくれた。
それは、どんな痛みがあろうと決して後悔などしない行為だった。

例え、彼が私の身体を気に入っただけだからとしても。
私も彼との快楽に溺れたのは確かなことだし。


お見合いの話をされたのは昨日の事だった。
母から「お話が来ただけで、具体的には何も決まっていないし、葵にはまだ結婚なんて早いし断っても別に支障の無い相手だから」と言われて写真と釣書きを渡された。

早いと母には言われたけれど、結婚相手としては申し分ない相手だと思った。
二つ年上の有名私立大の学生で外資系大手の御曹司で次男。
妾腹だそうだけど父親と一緒に暮らしているとか。
少子化の今、婿に入ってくれるような人は少ないのだから。

忙しい両親に代わって育ててくれた祖父母によく言われた。
私は跡取り娘なのだから成人したら婿をとって家を継ぐのだと。
そして古い歴史のある家を存続させていくのだと聞かされて育った。

それを今まで何の疑問も抱かずに生きてきた。
成島家の跡取り娘として相応しく。
彼との事も悪い経験では無いと思って。

でもまさか、彼がお見合い相手のお兄さんだとは。
彼も初めて知ったようでとても驚いていたけれど。

さすがにこの関係を続けるのは不味いだろうと「もう会わないほうがいい」と言ったのに、彼は「終わりにするつもりはない」と言う。

不用意にこんな事をしたのがいけなかったのか?
これは何かの罰なのだろうか?


「葵」

彼に名前を呼ばれて思考から抜け出すと、車は止まり、家に着いていた。
礼を言って車から降りようとすると腕を掴れて引き止められる。

「また連絡する。着信拒否なんぞしやがったら学校まで毎日迎えに行くからな」

彼が怒った様にそう言った。
私はどうすればいいのか分からなくて何も答えられなかった。

すると彼は掴んでいた私の腕を自分の方に引き寄せて、私にキスをした。
唇を合わせるだけの軽いキスを。

それだけなのに、私はホテルでの行為が思い出されてカッと身体が熱くなる。
なんて淫らな身体になってしまったのか。

「またな」

彼はそう言って帰っていった。

私はどうすればいいんだろう?

このまま彼との付き合いを続けるのか?
それとも、きっぱりと別れるべきなのか?

見合いをするにしてもしないにしても彼との付き合いを続けるべきではない事は理解している。
身体だけなんて、不毛で未来が無い。

それに彼は跡取りだし・・・見掛けによらず優秀らしいからさぞかし期待されているんだろう。
あんなに言葉遣いや格好がチャラチャラしているけれど、とても優しいのは知っている。

私は彼の車のテールランプが見えなくなるまで見送った。
どうしたらいいのか解からなくて・・・涙が溢れてきた。


今すぐに戻って来て「大丈夫だよ」と言って優しく髪を撫でながら微笑んで欲しい。

また逢って欲しい。
また名前を呼んで欲しい。
また抱いて欲しい。
彼が気に入ってくれたこの身体でいいなら何度でも差し出すから。

本当は別れたくない。

でも、私の良識と理性がもう逢うべきではないと告げている。
今迄はその声に逆らった事など無かった。

私は涙を拭って鼻を啜り、溜め息を一つ吐いて踵を返した。
妹が私の帰りを待っているはずだから。

彼は「また」と言ったけれど、もう誘っては来ないかも知れない。
よく考えれば私は面倒な相手だし。
私から彼を誘うことは出来ないし。

この前のように何度も都合を尋ねてくる彼のメールを心待ちにしながら私は家に入った。



「お姉ちゃん、お嫁にいっちゃうの?」

妹と食事をしているとそう訊ねられた。

「どうして?」

訊ね返すと妹は沈んだ顔をして俯いた。

「家政婦さんが『葵お嬢様ならきっとキレイな花嫁さんになられますね』って言ってた・・・ねえ!お嫁にいっちゃうの?」

妹は俯いた顔を上げて真剣な表情で訊ねて来る。

「お姉ちゃんはお嫁に行くんじゃなくてお婿さんを貰うつもりよ。ずっとこの家にいるし、それにお姉ちゃんが結婚するとしたらずっと先の話しだし・・・そうね、早くても緋菜が小学校を卒業するくらいかしら?」

私はそう言うと妹は安心したように笑って。

「そっかぁ。なぁんだ。お婿さんをもらうのかぁ・・・じゃあ、ずっと緋菜と一緒だね!」

その言葉に私が笑った。

「でも、緋菜はいつかお姉ちゃんを置いてお嫁にいっちゃうかもしれないわよね」

そう、今はこうして懐いてくれている妹はいつか嫁いでいくだろう。
好きな人を見つけて・・・妹には好きな人と結婚して欲しいと思う。

「ええ〜?緋菜どこにもお嫁になんて行かないもん!お姉ちゃんと同じ様にお婿さんをもらってずっと一緒に暮らすの!」

いつまでそう言ってくれるのか。
私は笑って頷いた。

「そうね、そう出来たらいいわね」

無理だと判っているのに妹を宥めるために平気な顔をして嘘を吐く。
私は偽善者だ。



私は手の中にある携帯電話をじっと見つめた。
時刻は日付が変わろうとしている午後11時50分。

もう眠らなければ明日に差し支える。
彼がこの前、メールをくれたのも翌日だったし、今回も多分・・・メールが来るならば明日になってからのはずだと、自分に言い聞かせるが携帯が手放せない。

もし、誘いのメールが来れば返答に困るのに。
それでも彼からの連絡を待っている自分がいる。

ダメ、もう眠らなくては。
ベッドに横になっても携帯が手放せない。

今日は来ない、明日・・・いや、もう今日の昼になってから。
必死で目を瞑って眠ろうとする。

眠りはなかなか訪れてはくれない。

その時、携帯が震えた。
『カズハル』の表示。
彼からのメール!

思わず震える手で携帯を開く。

『今日、昨日と同じコインパーキングで待ってる。どっか行きたいトコ決めとけ。逃げんなよ!』

簡潔で一方的なメール。
でも、ホッとして身体の力が抜けた。

急に睡魔が襲ってくる。
そう言えば昨日はとても疲れる事をしたのだっけ。

返事は・・・しなくてもいいだろうか。
眠くて・・すこしむりみたい・・・





彼はメールで言っていた通りに学校近くのコインパーキングに車を止めて待っていた。
私はドキドキしながら彼の車に近づく。

逢ってはいけないと思う自分がいるのに、私の足は止まらない。
彼が車から出てくる。

「乗ってな。精算してくっから」

彼はそう言って入り口付近にある自動精算機へと向かった。
私は車に乗ることも出来ずに、その場に立ち尽くしたまま彼をじっと見ていた。

「なに?この期に及んで逃げ出したくなった?ダメ!逃げんなっつたろ?」

彼は戻って来てそう言い、助手席のドアを開けて私を押し込んだ。
逃げ出すつもりは無いけれど、躊躇いが無いわけではない。

私は自分の往生際の悪さに内心呆れた。
ここまで来ておいて今さら何を躊躇うの?

「んで、行くトコ決めてきた?どこがいい?」

そう言えば・・・メールで決めておくようにと言われていた。

「今日はしないんですか?」

彼は私の身体が気に入っているはずだから、それだけが目的のはずなのに。
でも、彼は私の言葉に呆れたような声を出した。

「あのさ、昨日の今日で無理でショ。オレ、どんだけ鬼畜に見られてんの?まだ痛むんだろ?今日は普通のデートすんの!」

普通のデート・・・ってした事がないからよく解からないけど。
彼が車のエンジンをかけて駐車場を出る。

「決めないと勝手に決めちまうけど?映画?カラオケ?ゲーセン?ゆーえんち?それとも海とか行きたい?」

彼が挙げる場所に私は戸惑って何も答えられないでいた。
どこかに行きたい訳ではなかったから。
ただ、彼に会いたかっただけだから。

「・・・夕飯までに帰れれば」

どこでも。

「ハイハイ、タイムリミット有りなワケね。承知しました」

彼は私の言葉に文句も言わずに車を走らせる。
車は駅ビルの駐車場に止められた。

何も言わない彼の後ろに付いて行くと、カラオボックスの店へと入っていく。

「オレの美声、聞かせてやるから」

そう言ってニカッと歯を見せて笑った。

小さな個室に入って彼はパラパラとメニューを見た。

「ナニ飲む?腹減ってんならナンか食う?」

メニューを開いて差し出され「ウーロン茶を」とだけ答える。

「カラオケくらい来た事あんだろ?え?まさか初めて?」

部屋の中をキョロキョロと見回していたらそう聞かれた。
話に聞いたことはあるれど来たのは初めてだから頷くと。

「うひゃ〜いるんだね、まだそーゆー人種が!生粋の箱入りお嬢様ってヤツ?」

呆れたように言われて少し腹が立った。
私はそんなに世間知らずではないつもりだど。

「怒んなよ、褒めてんだから」

彼は笑ってそう言ってから、私に分厚い本を差し出して曲の探し方を教えてくれた。

「んで、歌いたい曲が決まったらこのリモコンで番号入れてもいいし、タッチパネル使って選んでから送信すればいいから」

私は手垢で汚れた分厚い『歌本』とやらと、両手に乗るくらいの小さなタッチパネルを見比べてから分厚い本を取った。

「こちらで探してみます」

新しい曲はよく知らないし、ジャンルや歌手別なら歌えるものがあるかもしれないと思ったから。

彼は私が分厚い本で曲を探しはじめると、席を立って部屋にあるインターホンで飲み物と食べ物の注文をした。

「テキトーに軽く摘める物だけ頼んどいたから、食わなくてもイーけど」

そして座ると「さて!」と気合を入れてタッチパネルを操作し出した。
付属のペンでピッピッと選択してからピピピッという音がして、今まで部屋に小さく流れていたイージーリスニングが消える。

「オホン!さて、では波生和晴サマのオン・ステージ!」

彼は咳払いを一つしてからそう言ってマイクを握って立ち上がる。
モニターに出てきた曲名は知らないけれど、聞いた事があるようなメロディライン。

彼は明るくペラペラと喋る時とは違う、少し低い声で落ち着いたバラードを歌った。
この曲は確かテレビで聞いた様な・・・ドラマの主題歌かCMソング?

彼が歌っている間に店員が「失礼します」と小さな声で入ってきて飲み物とスナック菓子を置いていった。
彼はそれにも歌を中断することなく歌詞が表示されているモニターを見つつ熱唱していた。
そして、歌が終わると私を見た。

「どうよ?」

どう、と言われても・・・

「音程が何箇所か外れていましたね」

正直にそう評すると、彼はガックリと項垂れてからドサリと乱暴に座って届けられた飲み物を飲む。

「お義理でいいから拍手くらいしろよ。マナーだぜ」

不貞腐れる彼にパチパチと手を叩くが、彼の機嫌は良くならなかった様だ。
熱意が籠もっていないのが見透かされたのかもしれない。

確かに彼の歌声は聴いた事がある歌い方に似ていたし、下手ではなかった。
でも、やはり発声は素人だからか咽喉で歌っていたし、声の伸びが少し悪いし擦れていた。

「そーゆーオマエは歌わないつもり?」

私は操作の仕方がよく解からなくて、彼に歌いたい歌の曲名を示した。
リモコンにコードを入力と言われても、コードが幾つもあってよく解からない。

「あ、コレ?ずいぶん古い曲だよな?ちょっと前に誰かがカバーしてたヤツだろ?」

オマエが童謡とか選んだらどーしようかと思ったぜ、と彼が笑いながらリモコンにコードを入力する。
失礼な、私はそんなに・・・合唱曲なら歌えます。

マイクを渡されて立ち上がると「座ったままでもイイんだぜ」と言われたが、座って歌うのには慣れていないので首を振って断る。

前奏が流れて、これはカバーされたバージョンだと気づく。
歌い出しのタイミングがモニターに出たけれど、それを見ただけで後は背筋を伸ばしてモニターを見ずに目を閉じて歌った。

この歌は祖母が教えてくれた。
教えてもらった時の事を思い出しながら歌う。
久し振りだからか、声の伸びが悪いし高音が出にくい。
そう言えば練習しなくなってから随分と経つ。

歌い終えてから、やはり練習していないとダメだなと思う。
彼からも拍手は無かったし。

そして彼を見ると、彼はとても驚いた顔をしていた。

「スゲーじゃん!ナニ?本格的に声楽でもやってたの?」

そう言われるほどのものじゃありません。

「スゴクは無いです。声が思っていたより伸びませんでしたし、本格的には習っていません。この曲だけです」

「や、でも、スゲーって!や、参りました。確かにコレに比べたらオレの歌なんて聞くに堪えないだろ!スゲーよ、スゲー!」

彼が感心したように遅ればせながらの拍手をしてくれる。
恥ずかしいけれど、少し嬉しい。
彼の歌だって聞くに堪えないと言うほどではなかったのだけれど。

「この曲だけって、どーして?」

彼は私の言葉を聞き逃さずにそう聞いてくる。
習ったなどと言わなれば良かったのに・・・言ってしまったのだから説明しなくては。
隠している訳でもないし。

「・・・この曲は祖母が歌っていた曲ですから、小さい時に教えてもらいました」

母方の祖母が私には才能があると言って教えてくれた。
母の音感の無さを嘆きながら。

「へ〜葵のバーサンって芸能人だったの?」

バ、バーサン・・・口が悪い人ですね。

「・・・いえ、芸能活動は一年だけだったと聞いてます」

「ふ〜ん、そーいや懐メロ特集とかで聞いたコトあったかも。幻の歌手とかナンとか・・・葵のバーサン、スゲーじゃん!もっと歌ってよ、歌えるヤツでいいからさ」

彼は歌本を捲りながらそう言うけれど・・・元気がないような。

「何か気に障りましたか?」

失礼な事でも言ったのだろうか?
気になって訊ねると、彼は驚いたように顔を上げて私を見た。

「え?ナンで?」

「いえ、その・・・」

元気が無いように見えましたと言うのは失礼だろうか?

私が言い澱んでいると、彼はそれを察したのかクスリと笑った。

「別に、気に障ったワケじゃなくって、イイなぁと思っただけ。オレはジーサンやバーサンいないし。ついでにオフクロもいないけどね」

そうだった、彼と彼の弟が妾腹なのに父親と一緒に暮らしているのは母親が亡くなったからに違いない。
おそらくは母親の係累などいないから父親に引き取られたのだろう。

なのに祖母の話をするなんて。
私は彼の事情を知っていたはずなのにそれに思い至らなかった自分を責めた。

「ごめんなさい」

嫌な事を思い出させて。

「どうして葵が謝んの?」

彼は笑って私を咎める気配を見せない。

「オレをカワイソウだと思ったから?」

それは・・・もっと失礼だと思うけれど・・・確かに。

「なら、葵がオレを慰めてくれんの?」

彼がそう言って私の腰を抱き上げて自分の膝の上に乗せた。
私は突然の事に驚いたが、彼の顔の近さにもっと驚いた。

そして、彼は艶やかに微笑んで私の耳元でこう囁いた。

「カワイソウなオレを慰めたいなら、葵からキスしてくれる?」

彼の指が私の頬を滑って髪を撫で始める。
キスを促すように。

私はそれに逆らわずにゆっくりと彼の顔に自分の顔を近づけた。
直前でそっと目を瞑って唇に軽く触れる。

すると私の髪を撫でていた彼の手に力が入って、グッと押さえ付けられたかと思うと腰を引き寄せられて身体が密着し、キスが深いものへと変わっていった。

「ん・・・」

突然の事に思わず眉間に皺が寄ったが、彼とのキスは嫌じゃなかった。
彼に身体を触れられてから、ずっと身体の熱は上がるばかりで。

「葵・・・濡れてるよ?」

スカートの中に手を差し込んできた彼に指摘されて顔が火照る。
唇を離した彼と視線を合わせられなくて俯く。

「ガマン出来ないならホテルいく?」

そう囁かれて私は返答に困った。
彼の指は挑発するように私の下着の中を動き回る。
一番敏感な部分を刺激して。

「カワイイ、葵。オレの方がガマンできなくなりそ」

必死で声を抑える私に彼はそう言うと、私から離れて立ち上がり、呆然としている私に車のキーを渡した。

「先に車に行っとけ。精算してくっから」

そう言って、受付をした際に渡されたマイクやリモコンやらを持って出て行った。
私はゆっくりと腰を上げながら、恥ずかしさよりも何よりも、これから彼に抱かれる事に喜びを覚えていた。

カラオケボックスの扉はガラス張りで、通路から見えるのにあんな事をして・・・私はどこまで彼に溺れてしまうのだろう?
私は自分の欲望が怖くなった。





駅ビルの駐車場に戻り、彼の車のキーロックを外した所で彼に追い付かれた。
私の足取りは遅くならないように気を付けていたつもりだったけど、彼には敵わなかったようだ。

車に乗り込んで彼にキーを返すと、その手をキーごと掴まれた。

「どうしよ、オレ。ホテルまで持たないかも」

そう言って助手席のシートを倒された。
え?ここで?

いくら窓にはスモークガラスが貼ってあって前は壁だとは言え、こんな場所で?
私は狭い場所で彼に圧し掛かられて身動きが出来ずに、抵抗の意思を伝える事が出来ない。

「葵はガマン出来んのか?夕飯に間に合わねェぞ?」

彼は自分の腕時計を見せて今の時刻を教えてくれる。
午後5時過ぎ、確かにこれからホテルにチェックインしていては夕食には間に合わない。

私を待っている妹を優先するか?彼との時間を優先するのか?
私は黙って目を閉じた。

「即断即決、ケッコーだね」

彼のクスリと笑う声がしてキスが始まる。
ゆっくりと唇に舌を這わせて、そのまま彼の舌が私の口の中に入ってくる。
私は何の抵抗もせずにそれを受け入れる。

柔らかい舌が絡んで来て唇を吸われる。
ドキドキとした胸の鼓動が一段と速度を上げる。

その鼓動を確かめるかのように彼の手が制服の中に入ってくる。
ブラの淵をなぞってそのまま背中に行き、ホックを器用に外す。
緩められた下着を押し上げて、胸が直に彼の手に触れる。

「葵・・・胸のココ、勃ってる・・・感じてるのか?キスだけで?」

さっきまでカラオケルームでも私を散々玩んだじゃないですか。
とは言えずに荒い息を吐く。

「もっと感じろよ、葵。短い時間で濃厚にしてやっから」

制服が捲り上げられて胸が外気に触れる。
けれど、ヒヤリとした感覚が襲うよりも先に彼の熱い手と舌が胸を覆う。

「あ・・・」

思わず声が漏れるけど、流石にここでは不味いと思う理性は残っていた。
手で口を押さえる。

「昨日みたいに声を聞きたいトコだけど、やっぱマズイよな。コレ銜えとけ」

それを見た彼がそう言って彼が大きめのハンカチを出して私の口に入れる。
私が小さく漏らす声はそれによってくぐもった音に変わる。

「ん、んん〜〜!」

乳首を舐めたり甘噛したりしている彼の手が私のスカートの中に入って下着の上からその形を確かめるように指でなぞる。

「すっかり濡れてる・・・このままじゃキモチ悪いだろ?」

下着を摺り下そうと引っ張るので腰を浮かせた。
濡れた場所は胸よりもひんやりと外気を感じる。
けれど、彼の熱い手がソコを覆うように包みこんで、その暖かさにホッとした。

「狭くてわりぃけど、もちっと後ろに・・・上か?にズレて」

そう言われてズリズリと身体を倒されたシートの上で移動する。
すると、彼が私の両膝を持ち上げて思いっきり広げた。
あまりの事にハンカチを銜えたまま抗議しようと身体を起そうとするが、シートから起き上がる事など出来なかった。

「ゼッテーに見えねェから安心しとけ」

彼の顔が露わになった私の股間に埋まる。
そして与えられる背中が痺れるような感覚。

昨日、彼のモノを挿れられた所為か、その感覚までもが甦ってお腹の奥がきゅぅぅっと絞られる様な感じになる。
昨日の今日ではまだ痛むのだろうか?

昨日は引き裂くような痛みは一瞬で、その後、鈍い痛みがジンジンと暫く続いた。
もちろん、今は痛みがないが、彼の指が入って来てそっと私の様子を見る様に探っている。

「まだ痛むか?」

唾液でビショビショになったハンカチを銜えたまま、私は首を振った。
彼が入れる指を増やしても痛みはない。
ただ、彼が入って来た時の事を思うと、まだ少し恐怖がある。

「ナンか、ゴーカンしてるみてぇだな」

私の様子を見て彼がそう言って笑う。
ハンカチを銜えたまま首を振った事がそう見えるのだろうか?
彼は私が銜えていたハンカチを外した。

「オレの唇に噛みついてもいいから舌はカンベンしろよな」

私の唇にヌルついた唇が合わせられる。
キスで口を塞がれている間に彼が入り込んでくる。

痛む・・・けれど昨日ほどではない。
鋭い痛みはなく、鈍痛が続く。

ギシギシと身体を揺さぶられて痛みよりも腰から広がる妙な感覚に戸惑う。
息を切らしながらキスは続いて、胸を掴む手に力が入れられる。

「っは・・・葵・・・」

彼が苦しそうに息を吐いて私の名前を呼ぶが、私はもう何も言えないし見えない。
引き攣った様な呼吸を繰り返すだけで。

爪先までビリビリと痺れて身体の力が抜けた。
その後で彼の動きも止まる。

車の中には激しい息継ぎの音だけが響く。

「イケた?」

呆然と身体を横たわらせている私を覗き込んで彼がそう訊ねてくるけれど、何も答えられない。
昨日、彼がイッた?と聞いて来た時の感覚に似ている様な気もするけれど、コレがそうなのかまだよく解からない。

彼は自分の身支度を整えると、私の身体をテイッシュで拭いてくれた。
けれど、制服を直そうとした彼をさすがに私は止めた。

「自分でします」

全て彼にやらせては情けないし恥ずかしい。

息が整ってから、彼は車のエンジンを掛けた。

「家に着くまでそのままにしてな」

私は倒れたシートに横になったまま家に送られた。
帰り道の車の中では、昨日と同じように・・・いや、昨日よりももっと会話がなかった。
つまり、私と彼の弟とのお見合いについて、今日は一度も話題に上らなかった。

確かに、お見合い自体が行われるかどうか、まだ全然決まっていない。
私は両親に何も返事をしていないし、相手側からも何も打診がある訳ではないのだと思う。
彼はその事を知っているのか?いないのか?



車が止まって家に到着したことを知らせてくれる。
彼が私に覆い被さる様にしてシートを引き起こしてくれる。
そしてそのまま・・・今日は舌を絡ませる深くて長いキスをした。

「葵・・・明日はベッドで抱いてやるからな」

明日・・・また明日があるのですか?
明日は水曜日。
先週彼と出会った日。

私は昨日と同じように彼の車のテールランプが見えなくなるまで見送った。
彼がそれに気付いたのかどうか判らないが、角を曲がる時にハザードランプが一度だけ点滅した。

私はそれを見て頬が緩むのを感じた。
見送っている私に気付いての反応ならば嬉しいと思った。


私は家族を愛している。
優しい父、明るくて元気な母、可愛い妹、厳格だけれど優しい祖父、歌を教えてくれた祖母。
みんなを愛している。
そして、この成島という古い家にだって愛着がある。

けれど、波生和晴という人の求めに応じたいと強く願う自分が居る。
彼が望むのならば出来る限り応えたいと。

この思いが、みんなが口にする恋というものなら、私はそれに殉じる事は出来ないだろう。
いつか、必ず家を継ぐ為に結婚しなければならない私には。

それでも、それでも・・・それまでの間だけでも、彼と一緒に居たいと願わずにはいられない。

私は多分、きっと、彼に恋をしてしまったんだろう。

恋とは甘いだけでなくて苦しくて切ないと聞いた。

この恋はどこへ行くのか?

あまりよい場所に行きつく事は出来ないだろう事だけは確かな事。


私は泣きそうになりながら思わず笑ってしまった。

可哀そうな私の初めての恋。






 



































Postscript


タイトルはまたしてもドリカムの曲から。
別にドリカム大好きという訳ではないのですが(ベスト盤持ってるだけだし)妙に填まると思いまして(タイトルが)

さて2回戦は翌日(大笑)
シナイと言っておきながら、結局それも車でしちゃった鬼畜男ですね。
前日あんなに大打撃を受けたのに打たれ強くてメゲナイ男、和晴。

歌ってイイトコ見せようとしたのに残念ながらダメ出し食らうし、それでも果敢に猛チャージを掛ける執念深さは父親に似ています。(褒めて欲しがるところは管理人に似ている)

葵の祖母は「シシィ・ガール」の鈴華ちゃん。
何十年前のヒット曲だよ、ソレって、てな感じですが特にモデルもイメージした曲もありません。
素人には高温が辛い曲だとでも思っていただければ。

和晴が歌った曲も特に具体的にイメージしていませんが、彼はコンパや飲み会で盛り上がる為に流行りの曲をマスターする程度の器用さの持ち主という事で。

彼はきっと恥ずかしくて葵ちゃんを見ながら歌う事が出来なかったのだと思っていただければ楽しいです。
さすがに好きな女の子の顔を見ながらバラードを歌うほど女慣れしていない。

ちなみに、会計後に慌ててトイレに駆け込んだので彼は恥を掻かなかったと・・・下品ですみません。

私も恥ずかしくてテールランプは五回も点滅させられませんでした(赤面)
今になってもアレをヤルと女の子はドン引きだとリーダースダイジェストでも言っていた。

前回、奈落の底に落ちた和晴と今回切なさ大爆発の葵ちゃん。
鈍い彼女がやっと恋を自覚して下さいました。
相思相愛なのにじれったいのにハマってます(鬼畜管理人)

「未来予想図」まであと一つ・・・くらいで追い付きたい。


2009.7.19 up

 

 

 

 

 

 

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