悪趣味な二人




「は、腹が、い、痛い・・・」

オレは植え込みの陰で身体を小さく屈ませて、込み上げる笑いを堪え様として生まれた腹痛に耐えていた。


「わ、私だって・・・化粧が崩れそうだわ」

オレの隣で同じ様に屈み込んでいるハデハデなおネエさんも、涙を浮かべて笑い声を抑えるために口元を押さえつつ悶絶している。


一流ホテルの優雅な中庭で、いい年をした大の大人が植え込みに隠れて必死で笑いを堪えて見ているもの、それは若い男女のラブ・シーン。

悪趣味だって?
そりゃそうかもしれないけどね、男の方はオレの弟なんだから心配してしてるんだぜ、これでも。

ま、心配というよりは好奇心が勝っているのは認めるけど。
隣で一緒に屈んでいるおネエさんも一応、血の繋がったオレ達の姉貴だし。
兄と姉が弟の恋の行く末を心配して見守っている微笑ましい場面なのだ。


それなのにどうして悶絶するほど笑いを堪えなくてはならないのか?
まぁ、見つかっちゃならない、ってのもあるけど、
さっきから二人が交わしている会話が笑えるんだな、これが。



弟のノブは中々スマートにパーティ会場からここまで彼女を連れ出した。
そこは上出来。

だけど、せっかく中庭まで連れ出したのに「恋人とかいるの?」ってオマエ、見りゃ解るだろ?あんな化粧っ気のない地味な女に男がいるワケねーだろがぁ!

おまけに、笑って問いをスルーされた上に、進路とかウチの後を継ぐとか継がないとか色気がない上に関係ない(いや、あるのか?)話を始めるし、コイツ、ホントにオレの弟なワケ?


何とか告白らしきものも、いきなり「結婚」はないだろ?
「好き」とか「愛してる」とか女が喜びそうなベタな事言ってやれよ!


ホラ、そーゆー事をちゃんと言わないから『お断り』されちまうんだぜ。


怒った女を引き留めて必死で縋るようにして口説いてた。
うっわ!ダサダサ。

これで上手くいかなかったら(いや、上手くいっても)情けない事この上ないだろ。
なんだか、あまりの情けなさに同情してOKしてもらったってカンジだぜ。


それに、その後だって不安になってる女に気の利いた事も言えずにあたふたと逃げ腰になるからまた女を怒らせて逃げられそうになるんだよ。バカ。


またまた必死に追い縋って、指輪を差し出したのもカッコ悪い。

もっとさ、オレの弟なんだから、こうズバッと決められないのかね?
アイツ、ホントにオレと血が繋がってんの?
お兄ちゃんは泣きたくなってきたよ。


でも、ここからが笑えた。
女はノブが差し出したモノが何か解ってても受け取らなかった。
そればかりか、アイツに説教まで始めたんだ。

「指輪なんて百年早い」とか「生意気」とか「無駄遣いしちゃダメ」だとか・・・
わ、笑える・・・


けど、ヘンな女。
フツーはさ、喜ぶモンじゃないの?
男から指輪なんて貰ったら。
それもプロポーズされてだよ?

アイツはオレ程じゃないにしろ、顔だって向こうの血が入っているから眼鼻立ちがハッキリしていて悪くないし背だって生意気にもオレより高いし、頭だって悪くない。バカだけど。
おまけに家は金持ちなんだぜ。
所謂、『御曹司』てヤツなんだからな。

そんなヤツからの指輪を「返していらっしゃい」とは恐れ入ったね。
姉貴なんて「あの娘、サイコー」なんて笑ってるし。
もちろん、声を潜めてだけど。


更に、怒りまくった女はノブがこのホテルに部屋を取った事を聞き出してビックリして悩み始めた。

なんで?
定番だけど、一番喜ぶパターンだろ?
女の子の夢ってヤツじゃないの?
一流ホテルのスィートでのお泊りってさ。

折角、このオレ様がわざわざアイツにレクチャーしてやってた事に絶句するなよ。
しかも、何やら腕を組んで考え込んでるし。

それを見ていた姉貴が小さな声で囁く。
「ふふふっ、あれはどうするべきか悩んでるわね。今キャンセルしても泊まっても、支払う額は変わらないから」

マジ?
そ、そんな事で悩むのか?
自分が払う訳でもないのに?


「私、あの娘の事、気に入ったわ!ノブにはお似合いじゃなくて?」
クスクスと笑いながら姉貴はゴキゲンだった。

そーかねぇ・・・あんな容姿が十人並みの地味な女が?
ま、ノブがいいなら別にオレはどうでもいいけど。
アイツがさっさと相手を決めてくれたらオレも助かるし。


少しばかり釈然としないながらも、ぼんやりと若い二人が手を取り合ってホテルの中に入っていくのを見送っていると、後ろから声が掛けられた。

「お二人とも、覗きとは感心しませんね」
ビシッと一分の隙もなくスーツを着こなした背の高い男が立っていた。
親父の秘書の一人で西塔とかいう若いヤツだ。

やばっ、説教が始まるのかな?
オレは内心ヒヤッとしたが、姉貴はどこ吹く風で言い返す。

「あら、西塔。アンタも見てたんじゃないの?ご同類でしょ?それより部屋を取って頂戴。化粧を直さなきゃ人前に出られないわ」

平然と立ち上がって来ていたドレスの皺をサッと叩いて伸ばす。

そんな悪びれた様子を全く見せない姉貴に、やれやれと溜息を吐いた西塔を笑いながら姉貴はオレを振り返った。

「アンタも来る?ノブの部屋の隣であの娘がスィートに驚く声を聞いてみたくない?」

一流ホテルのスィートで声が他の部屋に漏れる訳ねーだろが。

「遠慮しとく。西塔サンに付き合ってもらえば?」
オレはそんなに趣味が悪くないし、第一オレはお邪魔虫でしょーが。

「あら、残念。じゃ行きましょ」

姉貴は少し眉をひそめて立ち去った。
西塔サンはオレに会釈をしてから姉貴の後に付いていく。


ヤレヤレ、難儀なコトだよなぁ。
我が侭娘のお世話ってのも。

最も、もっと難儀なのは素直になれないオレ達の方かも。
プライドとか立場とか気にし過ぎて素直に打ち明けられない。
ノブのように好きな相手に必死で泣き喚いて縋る事が出来ない。
オマエが羨ましいよ、ノブ。

オレも素直になれれば手に入れられるのかな?


アイツを、さ。









































Postscript


「悪女の嘆き」の陰ではこんな光景が繰り広げられておりましたという話。
これはこのまま「令嬢の溜息」へと続きます。

和晴兄貴視点からです。
コメディの番外編なのでコメディです。

お姉様と波生兄弟は異母兄弟ですし、別々に育っていますが兄貴の方とはウマが合うようです。

最後にチラリと出て来た西塔さんですが、彼の名前は山田ミネコさんの作品に出ていた方を参考にさせていただきました。
さいとう・なみき・たむら・じょうしま・・・ひらがなにするとそんなに珍しい名前ではありませんが、当てている字が珍しいものにしています。妙なこだわりで。


拍手掲載期間 2009.7.6-7.10


  

 

 

 

 

 

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