Atelier Marius 5

4年目12月30日〜8月20日


 
4年目12月30日

 クラリスの青銀色の長い髪が彼女の白い背中にシーツの上に流れている。
 やっぱり長い髪の方が似合う。

 こいつ綺麗になったよなぁ。
 いや、元から結構作りは良かったけど、それにしても。

 クラリスの首から下がっている無骨な指輪にそっと触れる。
 大事にしてくれているんだよなぁ。

 クラリスは口が悪いし素直じゃないから言ってくれないけど、これを見てると彼女の気持ちを信じられそうでとても嬉しい。

 昨夜は俺の為に泣いてくれたし。
 へへへっ、俺って幸せ者だなあ。
 調合も採取も今のところ順調で、可愛い恋人とは相思相愛で。

 愛してるよ、クラリス。
 俺は彼女の体に手を伸ばした。
 だって、二人は裸でベッドの上に居て、俺は目も体も覚めているのだから。
 

 
4年目1月30日

 メガフラムは5つ、アルテナの傷薬は3つ、フォートフラムもメガクラフトも用意した。
 フランプファイル退治の準備は万端だ!
 おっと、時の石版も作っとかなきゃ。

 コンコン、お客さん?
 ハレッシュじゃないか、久し振りだなぁ。

 冒険者のハレッシュは元王室騎士だっただけあって、強いし頼りになるヤツなんだ。
 以前は護衛を頼んだ事もあったし、エンデルクが雇えなければコイツにヴィラント山に一緒に行ってもらおうと思っていたくらいなんだが。

「聞いてくれ、長い話になるんだが・・・」
 ハレッシュの話は本当に長かった。

「・・・という訳なんだ」
 ふぁ〜、あ、終わった?

 要するに、家宝の火竜のキバを失くしてしまった男の子に見つけてやると約束したからそれが欲しいと、そう言う事だろ?
 在るかい、そんな物。

 でもまあ、見つかったら知らせるよ。
 相変わらず正義感が強いヤツだよなぁ。


 
4年目2月10日

 
今日はいよいよマリウスさんがヴィラント山へ出発する日。
 城壁の門で冒険者の人達と待ち合わせているはず。

 私は朝早くからそこで待っていた。
 最初に来たのは騎士隊長のエンデルクさんだった。

 面識は無いけど、思い切って話しかける。
 そして、ミスティカティを渡す。

「何故、マリウスに直接渡さない」
 問われて返事に詰まる。

 そこへもう一人の護衛のクーゲルさんがやって来た。
「とにかく、マリウスさんには内密に、彼を守ってあげて下さい。お願いします」
 私は逃げるように立ち去った。

「今のはクラリスじゃないのか?」
 俺が外門に到着すると、既にクーゲルのおっさんとエンデルク隊長が待っていた。

「え?クラリス?」
 クラリスがここに居たのか?
 今朝、起きた時には居なかったから、寮に帰ったのだとばかり思っていたのに。

 何しに来たんだろう?
 クーゲルのおっさんの言葉に俺が尋ねると、エンデルクは俺をじっと見てから視線を逸らせた。

「別に、それより揃ったのなら出発だ」
 ???クラリスはエンデルクに何の用があったんだろう?


 
4年目2月14日

 ヴィラント山に到着した。
 襲ってくる魔物や怪物たちをかわしながら頂上を目指す。

 ガーゴイルが出てきた、もしかしたらもうすぐ傍まで・・・出た!

 うっひゃ〜、やっぱ、すげぇ迫力!
 ヴィラント山の主、火竜フランプファイルはデカイ。

「こいつつが街で噂のフランプファイルか!お前に恨みはないが・・・行くぞ!」
 エンデルク隊長、意気込みは解るが、騎士って口上とか好きなんだろうか?

 フランプファイルはそれに答えるように咆哮一つで炎を噴出す。
 俺達はバラバラに散らされてしまう。

 コイツを何度も喰らうわけにはいかない。
 喰らえ、時の石版!

 攻撃が止んだ隙に、俺のメガフラム・エンデルクの剣・クーゲルの槍が次々と攻める。
 メガフラムを3発喰らってフランプファイルは倒れる。

 え、ウソ!
 何だ、ファーレンの方がしぶとかった様な気がするのは気のせいか?

 ともあれ、俺達はフランプファイルを倒した。
 張り詰めていた気が緩んで座り込む。

 エンデルクが水筒を投げて遣す。
 彼も腰は下ろさずとも膝をついている。
 最初の一撃は結構キツかったからなぁ。

 アルテナの傷薬をエンデルクとクーゲルに渡す。
「お前もさっさとそれを飲め。渡すように頼まれた」

 じゃあ、これはクラリスが?
 水筒の中身を口に含むと、それはミスティカティだった。
 気力が回復してくると共に彼女の香りを思い出させる。

「何だ?それは」
 クーゲルのおっさんが聞いてくる。

「ミスティカティだよ、体力の回復には効かないけど気力が増進されるんだ。いるかい?」
 2人にも薦めてみるが断られる。

「なるほど、あまり浮いた噂を聞かないと思っていたら、あの娘がお前の恋人だったのか」
 錬金術師同士とはな、何てクーゲルのおっさんに言われて俺は赤くなる。

 別に秘密にしている訳ではないんだけど、公言するのも恥ずかしいから、俺達2人の事はシアくらいしか知らない。

「さ、さぁ〜て。舌を取るかぁ」
 俺はフランプファイルの屍に近づく。
 そうそう、キバも取っておかないと。


 
4年目2月20日

 俺達は無事にザールブルグに戻ってきた。
 フランプファイルを倒した後、少しばかり採取をして。

 別に討伐隊として出発した訳じゃないから、当然出迎えもないが、クラリスは工房の前で待っていた。
 嬉しい。

 思わず駆け寄って抱き上げる。
「ただいま」

「マ、マリウスさん、人通りの前ですよ」
 恥ずかしがり屋のクラリスは抵抗する。

 そう言えば、クーゲルのおっさんとエンデルクも一緒だったっけ。
「2人ともお疲れ様!またな」
 俺はあっさりと別れを告げて工房に入る。

「人前で恥ずかしい事をしないで下さい」
 クラリスはまだ憤慨している。

 だって、久し振りだし、嬉しかったんだ。
 クラリスの顔をじっと見詰めて。
「ただいま、クラリス」

 そう言うと、クラリスは俺の首に腕を回して
「お帰りなさい」
 と言ってキスをしてくれる。


 
マリウスさんは無事に帰ってきてくれた。
 嬉しい。

 旅から戻ったばかりの彼は少々薄汚れていたけれど、縋り付く様にして抱かれる。
 長いキスに彼の温もりと感触を確かめる。

 出掛ける前にも抱かれたけれど、あれが最後にならなくて良かった。
 マリウスさんが耳元で囁く。

「ミスティカティありがと、心配させてゴメンな」
 でもどうしてエンデルクに渡したんだ?

 マリウスさんは不思議そうに聞いて来る。
 まったく、この人は。

「持っていった方が良いと言ったのに、気力回復なんて大して役に立たないからいらないと言ったのはあなたじゃありませんか」

 メガフラムやフォートフラムを頻繁に使えば使用者の精神力が削減されてしまうのに。
 同行者の護衛の怪我の事ばかり気にしていて、自分の事はお構いなしなんですから。

 憤慨する私にマリウスさんは笑って
「ゴメン、ゴメン。役に立ったよアレ。おかげでこんなに元気!」

 私をベッドに押し倒して服を肌蹴ていく。
 元気の意味が違いませんか?

 そう思いながらも、私も服を脱がせていく。
 最近、激しい冒険の旅が続いている彼の体はすっかり逞しくなって来ている。

 右腕がほんのりと赤い、火傷の跡だろうか。
 もう殆ど治りかけてはいるけれど、本当に無茶な事をする人だ。

 腕にそっとキスをするとくすぐったそうに笑う。
「ふふっ、そんなトコよりこっち」

 彼は私の手を持って触らせる。
 昂ぶっているモノに触れて、私の鼓動が跳ね上がる。
 じわりと腰が熱くなって来る。

 それを知ってか知らずか、マリウスさんが私の熱の中心に指を伸ばしてくる。
 お互いの手を濡らして探り合う。

「クラリス・・・」
 キスの合間に促されて、私は腰を上げる。

 待ち望んでいた物が与えられて、私は激しく腰を使いながらも、彼の首に両手を回してぴったりと抱きつく。

 彼の長い金髪に顔を埋めて、彼の香りを吸い込む。
 汗と埃の匂いのする、生きている彼の。

 マリウスさんは濡れた手で私の胸を腰の動きに合わせて揉んでいく。
「ああ・・・クラリス・・・」

 耳元で低く呟かれて私はぞくりとする。
 マリウス、私のマリウス・・・ああっ、もう。

 マリウスさんは帰って来たばかりだと言うのに、私を朝まで放してくれませんでした。


 
4年目2月25日

 クラリスが余りにも工房が汚すぎると辛辣な言葉を投げつけて帰って行ったので『生きているホウキ』なんぞを作ってみた。

 すごいな〜勝手に掃除してくれてる。
 いや〜楽チン楽チン!

 ハレッシュが火竜のキバを取りに来た。
 面倒くさいからと有り金を叩いていった。
 いいのかなぁ?気前のいいヤツだ。

 夕方になってエンデルクがやって来た。
 珍しい、隊長が工房に来るなんて初めてじゃないか?

 へっ?パーティ?フランプファイルを退治したから?
 お城でパーティねぇ。

「・・・なぁ、これって俺だけ?もう一人連れてっちゃダメかなぁ」
「一人くらいなら構わんだろう」

 へへっ、クラリスも連れて行こう。
 お姫様みたいなドレスを着せてやるんだ。
 丁度、大金が入った所だし、サンキュ!ハレッシュ。

 にまにま笑っている俺を見てエンデルクが
「あのクラリスとかいう娘を連れて行くつもりか?」
 と聞いて来る。

 そのつもりだと答えると、何だか難しそうな顔をして帰っていった。
 どうしたんだ?


 
4年目3月1日

 クラリスのドレスはシアにお願いした。
 驚かせるつもりだからクラリスには内緒だ。

 シアにサイズを教えると呆れていた。
「もうすっかり体で覚えるってワケ?それって惚気てるの?」
 そんなつもりでは・・・。

 賢者の石の作成に向けて、アロママテリアの作成に入る。
 これは調合に時間が掛かりそうだ。
 虹色の聖水と黄金色の岩・塩と中和剤赤を天秤とガラス器具を使って仕上げる。
 段々と完成に近づいている。

 しかし、最後の必須アイテムであるドンケルハイトがまだ手に入らない。
 『闇の生物たち』という本に載っていたから、夜に探して廻っているんだけど見つからない。
 う〜ん、どこにあるんだろうか。


 
4年目3月20日

 出来た!アロママテリア!!
 調合にこんなに時間が掛かるなんて、エリキシルだって2週間は掛からなかったのに。
 
 これじゃ、賢者の石を調合する時には何日かかる事やら。
 まあ、まだタイムリミットまで1年以上あるけどさ。
 それにしてもドンケルハイトぉ〜、どこにあるんだぁ〜?


 
4年目3月25日

 今日はお城でパーティだ。
 アカデミーでクラリスを探して連れて来る。

 工房で待ち受けていたシアに引き渡して着飾ってもらう。
 楽しみだなぁ。クラリスはきっと見違えるくらいになるぞ。


 
マリウスさんに工房に連れて来られたらシアさんが待っていた。
 訳も分からず二階に連れて行かれて服を脱がされた。

「さ、これに着替えてね」
 シアさんは箱からドレスを取り出した。

 胸の空いた青いドレス。
「マリウスったら奮発したのよ。髪とお化粧は私が手伝うから」

 シアさんは嬉しそうに言うが、私には何が何だかまだ分からない。
 お城でのパーティ?

「そう、あなたを連れて行くんだって張り切っているのよ。期待に応えてあげて」
 何のパーティなのかシアさんも詳しくは聞いていないと言っていたけれど。

 こんなドレス、着た事がない。
 今まで研究に専念していたから、おしゃれとかとは縁がなかったし興味もなかった。

 シアさんに手伝ってもらってドレスを身に着ける。
 長くなった髪を結い上げて、初めての化粧をしてもらう。
 何だか慣れていないのでむず痒いような気がする。

 出来上がった私を見て、シアさんは満足そうに笑った。
「マリウス喜ぶわよ・・・あの子って、面食いだったのねぇ」
 最後の言葉は呟くように小さかったけれど、面食いって?私が?


 下りて来たクラリスは・・・綺麗だった。
 想像していたよりもずっと。

 呆然と眺めているだけの俺にクラリスは眉をしかめて
「おかしいですか?」
 と聞いて来る。

 俺は慌てて首を思いっきり左右に振る。
「すごく・・・似合ってる」
 ああもう!もっと上手い褒め言葉がどうして言えないんだ俺!

 着飾ったクラリスを伴ってお城へ向かう。
 夕暮れの街中を歩いていると、擦違う人が時折振り返る。
 そうだろそうだろ、クラリスは綺麗だもんな。

「やっぱり、おかしいんでしょうか?さっきからジロジロ見られているようですから」
 判ってないクラリスがおかしい。

 俺は「違うよ」とだけ言って気にしている彼女を宥める。

 お城でのパーティといっても、そんなに大げさな物じゃないらしい。
 ただ、王様から火竜退治についてのお褒めの言葉を頂いて、ちょっとしたご馳走が出て高そうなお酒が振舞われて、後はダンス音楽が流れる。

 エンデルクは騎士隊長だし、クーゲルのおっさんは元王室騎士団にいたし、慣れているらしいけど俺は最初とても緊張していた。
 でもそのうち偉そうな人達から褒められて、段々雰囲気に慣れては来たけど。

 ダンス音楽が流れてきたので俺はクラリスを誘った。
 けど、「私は踊れません」の一言で却下。

 教えるからと散々口説いたのだが、頑として首を縦に振らない。
 頑固モノめ〜。

「私と踊って頂けますか?」
 と言って来たのはブレンダ王女様だった。

 王女様から誘われては断れない。
 仕方なくフロアに出る。

「ダンスもお上手ですのね」
 さすがは王女様、優雅にステップを踏みながら、にっこり笑って愛想を振りまく。

「フランプファイルを倒してしまわれるなんてすごいですわ」
 王女様は褒めて下さるが。

「エンデルク隊長が護衛に付いてくれたからですよ。王女様のお口添えのお陰です、ありがとうございました」
 そうそう、お礼を忘れてはいけない。

 それにしても、クラリスはどうしているだろう?
 折角来たのに踊りもせず一人にさせてしまって、怒っているかな?
 
 俺は一曲踊り終わると、彼女を探しに行った。
 だって、今日のクラリスはとても魅力的だから、変なヤツに絡まれたりしていないだろうか心配だ。

 フロアの隅にはいない。
 外に出たのかな?

 見つけた!噴水の傍に立っている。
 よかった、安心して近づこうとしていた俺は、彼女が一人じゃないのに気付いた。

 あれはエンデルク隊長?どうして?


 
マリウスさんはブレンダ王女に誘われて踊っている。
 ああしていると2人ともとてもお似合いだ。

「王女と踊っているのは?」
「先程、陛下からお言葉を賜っていた青年ですわ。何でもアカデミーの学生とか」
「ほう、勇敢な上に才能があるならば姫のお相手として候補に上がっているのかな?」
「そうですわね、お似合いですから」
 周りの人達の会話を聞いているのが辛くてそっと抜け出す。

 いくら着飾った所で王女様には敵わない。
 ダンスも踊れないし、滑稽だ。

 マリウスさんの周りには魅力的な女性が沢山いる。
 彼と付き合いだして3年半になるけれど、いつも不安だ。
 いつこの関係が終わるか、いつ彼が別の人と一緒になってしまうか、常に怯えている。

 安心していられるのは彼の腕に抱かれている時だけ。
 彼が私の名前を呼んで、私を求めてくれる時だけ・・・。
 もっと素直に、もっと彼の前で笑えるようになれば良いのだろうか。
 ブレンダ王女のように。

「誰だ?」
 噴水の前で考え込んでいたら、不意に声を掛けられた。
 エンデルク隊長だった。

「お前は、確かクラリスとか言ったか。何をしている」
 人込みを避けて出てきたと適当に答える。

「彼を守って下さってありがとうございました」
 ミスティカティも渡してくれたのだし、深く一礼する。

「いや、大したことはしていない。あいつの実力だ」
 マリウスさんはそんなに強くなったのだろうか。
 冒険者になるつもりはないと言っていたけれど、火竜や魔王を倒すほどなら・・・。

「どうしてマリウスの傍に居ない?・・・その、恋人なのだろう」
 エンデルクさんが動かずに考え込んでいる私に聞いて来る。

「私は踊れませんし」
 王女と踊っている彼を見ているのが辛い。
 どうして付いて来てしまったんだろう、こんな事なら来るんじゃなかった。

「そうか?ヤツはお前を連れてくるのを楽しみにしていた様だったが」
「本当ですか?」
 私が訊ねるとエンデルクさんは頷いた。

 どうして私はこんなに疑り深いのだろう。
 どうしてマリウスさんを信じることが出来ないのだろう。
 彼はあまり言葉にしてはくれないけれど私を大切にしてくれている。
 彼以上に気持ちを言葉に表さない私を。

 でも私にはどうしても自信が持てない。
 容姿ではアウラ姉さんに敵わないし、唯一自信のあった勉強ですら最近のマリウスさんに負けそうだ。
 伊達メガネで秀才を気取ってみても、所詮は底が浅い事を思い知らされるようで。

「おい・・・」
 私は涙が出てきてしまった。
 エンデルクさんは慌てているようだったが。

「エンデルク!」
 マリウスさんの声?
 声の方向を見ると彼が何だか怒って近づいてくる。

「クラリスに何をした?泣いてるじゃないか!」
 マリウスさんは私を抱き寄せてエンデルクさんに向かって怒鳴っている。

 とんでもない誤解をさせてしまったようだ。
「違います、マリウスさん」
「へっ?」
 マリウスさんは私とエンデルクさんを見比べて戸惑っている。

「私は何もしていない。泣いていた理由は彼女に聞け」
 エンデルクさんはそう言って立ち去りました。

「どうしたんだ?クラリス」
 マリウスさんの出現で涙は止まってしまいましたが、本当の事を話す事は出来ないので。
「踊れないのが情けなくて」
 という事にしておきました。

「何だ、だから教えてやるって言っただろう?」
「でも、恥ずかしいです」
 戸惑ったステップを踏んで人前で恥を掻きたくないと言うと。

「じゃあ、ここなら平気だろう?誰もいないし」
 そう言って微かに聞こえてくる音楽に併せてゆっくりとステップを踏んでいきました。

 少しづつステップを覚えていくと、離れていた体が段々近づいて来て私は彼に凭れ掛かる様にして踊っていました。

「ごめんな、無理やり連れて来て。でも一度着飾ったオマエと一緒にこうして踊りたかったんだ」
 マリウスさんが耳元で囁く。

「綺麗だよクラリス。王女様よりずっと」
「マリウス」
 私達はステップを止めて、唇を重ねた。



 
ひっそりと2人だけのダンスに興じている恋人達を眺めていたエンデルクはやれやれと溜息をついて踵を返そうとしてギョっとした。
 後ろにブレンダ王女が立っていたのだ。
 気付かなかったとは騎士隊長一生の不覚。

「私はどうやら振られてしまったようですわね」
 王女は苦笑を浮かべてマリウスとクラリスを見ている。

 エンデルクは何と答えたものか暫らく逡巡して。
「あの2人は付き合いが長いようです」
 とクーゲルに聞いた事をポツリと告げる。
 これでは慰めにはならないなと思いながら。

「マリウスさんだったら私を普通の女の子のように扱ってくれると思っていたのですけれど恋愛の対象には見て頂けなかったようですね。あんなに可愛らしい恋人が居たのでは無理もありませんが」
 アピールが足りなかったのかしら、と王女は呟く。

「マリウスが単に鈍いだけです」
 エンデルクが憮然と答えるとブレンダ王女は華やかに笑った。

「では、騎士隊長に慰めて頂こうかしら、踊っていただけます?貴方も竜退治の功労者の一人ですものね」
 エンデルクは差し出された手を恭しく押し頂いて宮殿の中に戻っていった。


 4年目3月30日

 シアが王立騎士団が怪物退治に出発したことを知らせに来てくれる。
 もうそんな時期かぁ、でも今の所遠くまで採取に行く予定もないし・・・

 必要なものと言ったらドンケルハイトだが、あれを探しにどこへ行けば良いのか分からない。
 考え込んでいた俺にシアは。
「ねぇ、私を護衛にして連れいって!」
 と言って来た。

 え、ええ〜!ダメだよ!
 金も力も無くて近くの森やヘーベル湖のような近場にしか行けなかった頃にはシアに護衛を頼んだこともあったけど、今じゃ近場は妖精さんに採取に行って貰うし金には困ってないし、俺が行く所は遠くて魔物や盗賊が出てくる可能性が高いんだから。

 断ると、シアはぷうっと膨れた。
 何でまたそんな事を言い出すんだ?

「だって、せっかく健康になったんだから、私も体を鍛えたいと思って。 やっぱりこれからの女性は魔物や盗賊を倒せる位の力を持たなきゃ」
 
 おいおい、冒険者にでもなるつもりか?
 あ〜あ、恐れていたことが。

 シアは諦めるつもりは無いらしく、今までに俺に売った恩について語りだした。
 小さい頃いじめっ子から庇ってくれた事に始まってこの間のクラリスのドレスの件まで長々と。

「それにマリウスは何たってドラゴンスレイヤーなんですもの、一緒にいれば守ってくれるんでしょう?」
 あの〜護衛をするつもりの人が護衛されてどうするんですか?
 いくら報酬を取らないとはいえ、それはあんまりなのではないでしょうか。

 しかし、所詮俺がシアに敵うはずも無く、ヴィラント山に連れて行くこととなった。
 トホホ・・・。


 
4年目8月5日

 俺はこの4ヶ月間、シアを連れて採取に何度も行かされた。

 ヴィラント山の次はエルフィン洞窟・メディアの森、果ては妖精の森やベルゼンブルグ城まで。
 確かに、どこにあるのか判らないドンケルハイトを探してはいるが、それにしても・・・。

 同行してくれる冒険者も呆れていて、毎回メンツが変わってくる。
 クーゲルのおっさん・ハレッシュ・ルーウェン・ナタリエにミュー。

 だって、シアは狼や盗賊・魔物が出てくると俺や冒険者を押しのけて退治しようと無茶をするんだ。
 誰だっていい顔はしない。

 それも強いならともかく、メチャクチャ弱いときているから、はっきり言って足手まとい。
 シアと一緒だと言うとみんな渋い顔をする。

 このままで行くと他の冒険者には全て逃げられてしまって、俺一人でシアの面倒を見なくてはならなくなるのか?
 ドンケルハイトは見つからないし、ど〜すればいいんだぁ!

「マリウス、次はストルデルの滝に行きましょうよ」
 仕舞には行き先の決定権までシアが握っている。

「私も段々強くなってきてると思わない?」
 そりゃまぁ確かに、少しづつではあるけれどね。

 それにしても同行してくれる冒険者はいるのだろうか?

「いいよ〜」
 ミューがOKしてくれた。
 シアのあの態度に腹を立てていないとは、ぼんやりしたお姉さんだとは思っていたけど、案外と許容量が広いからなのかもしれない。

 飛翔亭で護衛の依頼を済ませて立ち去ろうとしていたら。
「あのさぁ、ホッフェンの花って知らない?」
 と尋ねられる。

 ホッフェンの花ねぇ・・・聞いたことはあるけど、どんな花だったっけ?
 俺の答えにミューは「知らないならイイよ」と笑ってくれた。

 この俺に花の事を聞くなんて、尋ねる人を間違っていると思うぞ。
 自慢じゃないが、俺はアイテムに必要ではない植物についてなんて全然知らないんだから。


 
4年目8月10日

 それを見つけたのはシアとミューを連れてストルデルの滝に向かう途中だった。

「ホッフェンの花・・・」
 白い花の群生地があった。
 俺達はあまりの見事さに、暫し立ち止まって見惚れてしまった。

「そう言えばミューはこの花を探していたみたいだったけど、何か想い出でもあるのかい?」
 何気なく聞いた一言を俺は酷く後悔する羽目になった。

 ミューは話してくれた。
 ホッフェンの花が好きだった、死んでしまった恋人との想い出を。

 意外だった、あのボケボケっとしたミューが、あ、いや、失礼。
「ゴメン、ヘンなこと聞いちゃって・・・」
 謝る俺にミューは涙を振り切って明るい笑顔を見せる。

「マリウスったら、あんまり無神経だとそのうちクラリスにも捨てられちゃうわよ」
 シアがこっそりと呟く。

 ううっ、鋭い所を突いてくるなぁ。
 しかし、シアこそ、
「あたしの今の役目はあんた達を無事にストルデルの滝まで送り届ける事だから」
 って言うミューを見習ってくれよ。


 
4年目8月20日

 ストルデルの滝でも収穫は無かった。
 行く先々で、目的地への途中でも夜を中心に探しているんだけど、ドンケルハイトは見つからない。

 この採取の旅すがら、俺は一つの考えに捕らわれていた。
 それは、ドンケルハイトって夜に咲くんじゃなくて、日食の日に咲く植物なんじゃないかって事だ。

 ザールブルグ近辺では毎年6月になると必ず日食が起こる。
 一日中太陽が隠れてしまう日だ。
 今年の日食の日、俺はメディアの森に居た。
 その時からこの考えが離れない。

 でも、もしその通りだとしたら、卒業試験はあと1年で終わる。
 日食は来年の6月まで無い。
 チャンスはあと1回、それを逃したら賢者の石の完成は試験終了に間に合わなくなってしまう。
 場所が特定出来ていないのに。

 俺は不安を抱えつつ、採取の旅を続けている。

「やっぱり今日帰って来ていたんですね」
 工房に戻ってきて考え込んでいるとクラリスがやって来た。

 シアと一緒に採取に出るようになって良い事が一つだけある。
 それは目的がドンケルハイトただ一つなので、目的地に長居をしないのだ。
 だから行ってすぐに帰ってくる。
 するとクラリスがそれを見計らって工房を訪ねてくる。
 会える確立がグンと高くなった。

 それに、調合を理由に、採取と採取の間には2週間以上空けるようにシアに頼んである。
 こうなると誰が依頼人だか判らないが。
 つまりは2週間は確実に俺は工房に居るわけで、クラリスもちゃんと訪ねてきてくれる。

 今の所、前みたいに何ヶ月もすれ違いで会えないなんて事が無くなった。
 へへへっ、それだけでも嬉しい。

「シアさんはどうですか?かなり強くなりました?」
 最近クラリスはシアと仲が良いらしい。
 しきりにシアの事を聞いてくる。

「まあな、ぷにぷにや狼くらいなら何とか倒せるようになって来てるけど」
 足手まといなのは変わらない。

「そうですか、良かったですね」
 相変わらずのポーカーフェイスで平然と言い切る。

「良かないぞ!このままだと同行してくれる冒険者は誰もいなくなっちまうんだから」
 俺は本当に困っている。
 ミューだって次もOKしてくれるかどうか判らない。

「同行してくれる冒険者がいなくなったらオマエに同行してもらうからな!」
 俺は最悪の場合、クラリスに付き合ってもらおうと思っている。

「シアに妙な事を吹き込んだのはオマエだろう?責任を取ってもらうからな」
 そうなのだ、旅の途中で漏れ聞いた所によると、シアの冒険者志願はどうやらクラリスに何か言われたかららしいのだ。

「妙な事を吹き込んだとは心外ですね。 私はシアさんに健康になったのなら何か始められては?と言っただけです」
 それが余計な事だって言うんだよ。

 クラリスは眉をしかめながらメガネを持ち上げる。
 気分を悪くしている証拠だ。

 でも、俺だって気分が悪い。
 あ〜っ、もう!何だってシアの事で俺達がケンカしなくちゃいけないんだ?

 睨み合っていた俺達だったが、クラリスがフイっと視線を外す。
 俺も張り詰めていたものがフッと消える。

 クラリスは俯きがちに小さい箱を取り出した。
「これが出来たので・・・」

 俺は箱を受け取って開けると、そこには指輪が入っていた。
 コメートの指輪が。

 何も言えずに指輪を見ていた俺にクラリスは説明してくれる。
「貴方が仰ったんですよ、コメートを渡すから彫金は私にするようにって、ですから・・・」

 俺はクラリスの言葉の途中でキスをして口を塞いでしまった。
 憶えていてくれたんだ。

「嬉しいよ・・・アリガト。怒鳴ったりして悪かった」
 俺は指輪を取り出して・・・この指輪、俺が作ったヤツより大きくないか?

「何だよコレ、大きすぎないか?」
 クラリスは俺の手から指輪を取り上げて。

「誰が私用の物だと言いました?これは貴方の指輪です」
 そう言って俺の指に嵌める。ぴったりだ。

「私が頂くのは、貴方が卒業試験に無事合格した時です。貴方がそう仰ったんですよ」
 忘れたんですか?と言うクラリスに俺は椅子に座り込んでしまう。
 何だい、期待させやがって。

「卒業試験が終わるのはあと一年も先じゃありませんか」
 クラリスは呆れたように言う。
 そうだけどさ、でも・・・これって?

 俺の問いかけるような視線にクラリスは赤くなって。
「指輪は女性だけがつける物ではないでしょう」
 じゃあ、これは俺の?
 ウッソー!マジ?すっげー嬉しい!今すぐ髪を切ってもイイくらい、嬉しいぞ!

「ありがとう、大切にするよ」
 俺は指輪をじっくりと眺める。
 自慢するだけあって台は見事な仕上がりだ。

 これって、今まで何も言ってくれなかったクラリスからの初めての意思表示みたいなもんだよなぁ。
 嬉しい、すごく嬉しいぞ。ホントに髪を切っちゃおうかな。
「今夜は帰らなくてもイイんだろ?」
 
 クラリスを抱き上げて、2階に運びながらそう囁く。
 帰るって言っても帰すもんか。

 クラリスは真っ赤になって
「貴方という人は・・・」
 とか言ったけど、俺の首に腕を回してきた。
 う〜ん、いつものミスティカのようなクラリスの香りに俺は彼女の髪に顔を埋める。
 コレを嗅ぐと帰ってきたってカンジがするんだよなぁ。


 
マリウスさんはすごく嬉しそうに指輪を受け取ってくれた。
 良かった。
 ほっとして安心する。

 じっと眺めてニヤニヤしながら指輪にキスまでしている。
 気味の悪いことをする人ですね。

 思わず顔をしかめていたら、抱き上げられて2階に運ばれる。
 もう、単純すぎます、マリウスさん。
 そりゃあ、私だって帰るつもりはありませんが・・・。

 ベッドに下ろされて服に手を掛けると、手を止められました。
「ダァ〜メ!今日は俺に全部やらせろよ」

 眼鏡を外して髪飾りを外して服を一枚一枚丁寧に脱がしていく。
 いつもは帰ったばかりだと乱暴なくらいに急ぐのに。
 そんなに嬉しかったんでしょうか。

 私の服を全て脱がせると、覆い被さる様にしてキスをしてきました。
 それも啄ばむ様な軽いキスを、顔中に何度も。
 ん、ヤッ!そんなものじゃ物足りません。

 マリウスさんの首に腕を回して彼の顔をぐっと引き寄せます。
 もっとちゃんとしたキスをして下さい。

 そう、舌を絡めて貴方を感じられるキスをして。
 唇を離した時に私と貴方を繋ぐものが出来るくらいに激しく。

 キスの間、彼はずっと胸を揉み続けていた。
 本当に貴方は胸に触るのが好きな人ですね。
 貴方が私の胸をよく触るので、段々大きくなっていっている様な気がします。
 これ以上大きくなるのは恥ずかしくて嫌なのに。

 仕舞には触れるだけでなく吸い付いてくる。
 私が胸の空いた服を着ないのは貴方が遠慮なく胸に跡をつけるからでもあるんですよ。
 気持ち悪いわけではない事は認めますが。

 マリウスさんは私をくるりとうつ伏せにしてしまいました。
 イヤ!この体制は嫌なのに!

 腰を突き出すように抱え上げられて、曝け出される。
 恥ずかしくて枕に顔を埋めてしまう。

 マリウスさんの舌が足にまで流れ出したソレを舐め上げていき、中心に近づく。
 ああ、もう、だから恥ずかしいのに。
 私が感じていることが暴かれるのが恥ずかしい。

「んん、ん〜」
 ただ、枕に顔を埋めていると、恥ずかしい声を少し抑えられるのですが。
「クラリス、ちゃんと声を聞かせろよ」
 マリウスさんはいつも私の恥ずかしい声を聞きたがる。
 どうしてです?

 マリウスさんは舌だけでなく、指も使って私を責め立てて来ます。
 酷いです、この体制では私は何も出来ない。
 枕にしがみ付くしか。

 マリウスさんがようやく服を脱いで私の背中に覆い被さってきました。
 私の腰と背中に掛けられる彼の温もりと重み。
「クラリス、声を聞かせて」

 甘い囁きと共に顔をぐっと枕から引き剥がされて軽く唇が合わせられる。
 そして入ってくる。

「ああっ、っはぁぁん」
 嫌だ、もう。思いっきり恥ずかしい声を上げてしまった。

 でも、一度上げてしまった声は止められなくて、次から次へと込み上げて来る。
「ん、ああっ、あん。ああん」

「ああ、クラリス・・・」
 マリウスの掠れるような私を呼ぶ声にゾクリとさせられる。

「マリウス」
 もっと、もっと、もっと私を呼んで、私を求めて下さい。

 彼は長く伸びた私の髪を背中から払って、背中にキスを落としていく。
 腕は背中越しに胸に回されて、腰の動きが激しくなりながら私の手は自分の体を支えているだけで彼に触れることも出来ずに高まっていく。

「ああっ、もう!」
「俺も・・・」
 
 息を止めていた苦しさから解放された時のように、がっくりと力が抜けて、膝で支えていた腰はベッドに崩れ落ちる。
 荒い息を整えようと仰向けになった途端に流れ落ちてくる彼のもの。
 彼が私を抱いた証、至福の時。

 まだ息が整わない内からお互いに腕を伸ばして寄り添い合う。
 やっと私の腕に捉えることが出来た彼の体。
 柔らかい金色の髪に指を絡ませる。
 私のマリウス。

 彼の肩に顔を埋めて、唇で触れていく。
 彼に触れられないまま抱かれるなんてやっぱり嫌です。
 こうして全身で彼を感じていたい。

「ああ、クラリス・・・愛してるよ」
 マリウスさんが私の耳元で低く囁く。
 
『愛してる』って彼が初めて言ってくれた。
 愛してる、私も、私も貴方を愛してます。

 ああ、でも喉に詰まって声が出ない。
 ただ彼をきつくしがみ付くように抱きしめることしか出来ない。


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