織女節前夜

節慶系列 1

 魔都香港。

 かつて交易に利のあるこの地を巡って戦は絶えなかった。
 大国が植民権を主張した戦争の末、ようやく隣国の保護を受けて自治を獲得した。
 しかし、長い争いによって鬼(グイ)が徘徊する街となってしまった。

 街は院(アカデミー)と呼ばれる教育機関を設置して鬼を退治する道士の育成に当たった。
 院は優秀な道士を街に送り出し、道士は人々から尊敬されている。

 そして、ここ九龍の外れに一人の道士になったばかりの若い女性が店を開いた。
 九龍には外道士と呼ばれる院を出ていない妖しげな呪いをする者が多い。
 そんな中、堂々と院の印を掲げて商売を始めるのだから、かなり度胸のある女性なのだろう。



「どうしてここに店を開く事にしたのマリー?お父様に言えばもっと安全な場所を探して貰えたのに」
 シアは豪商の令嬢なので、九龍の治安の悪さを心配してくれている。

「だって、道士と言えばやっぱココでしょう?あんまり縁が無い所に店を開いても意味がないし」
 あっけらかんと答える幼馴染にシアは不安になる。

 マリーったら自分が女の子だって事、忘れてるんじゃないかしら。

 マリーことマルローネは中々魅力的な女性だ。
 過去に幾多の国が支配を収めたこの地には様々な人種の子孫が暮らしている。
 東洋系・西洋系が入り混じり、まさに多国籍。

 しかし、その中でも金色の長い髪と大きな青い瞳に成熟した体を持つ彼女はかなり人目を引く。
 ましてや、身につけている衣衫(イーシャン)は袖が無く、裾のスリットが大胆過ぎるほどなのだ。
 とてもよく似合っているだけに、注意も文句もつけ辛い。

「それに、ここ九龍で極悪な外道士に騙されている人達に正しい錬丹術を広めなくちゃ!」

 シアの心配を余所に、理想に燃えているマルローネにシアは溜息をついた。

「そういう台詞は立派に錬丹術を習得した者が言える事ではありませんか?」

 2人の会話に割り込んで来たのは1人の若い男性だった。

「げっ、クライス」
「げっとは何ですか、相変わらず失礼な方ですね」
「突然、挨拶もなしに入ってくるヤツに失礼だなんて言われたくないわよ!」
「ノックはしましたよ、気付かないあなたが迂闊すぎるのではありませんか」

 クライスと呼ばれた彼はいきなりマルローネと口論を始めてしまった。

「何よ、入ってくるなり失礼な事を言っておきながら・・・さっきの言葉は聞き捨てならないわね。あたしはちゃんと院を卒業して錬丹術を修めた道士なのよ!」
「ほう、あの成績で修めたと言えるあなたが羨ましいですね。卒業すら奇跡のようでしたのに」

 クライスの言葉にマルローネは顔を赤くした。
 確かに彼女は院での成績が芳しくなかった、主席の彼に比べて。
 無事卒業出来た事は正直自分でも信じられないくらいである。
 しかし、奇跡とは言え立派に卒業して資格は得たのだ、彼に文句を言われる筋合いではない。

 大体、こいつは院にいた時からあたしに嫌味ばっかり言って・・・年下のクセに。
 そりゃあ偶に勉強を見て貰ったりしたけど・・・いちいち一言多いのよ。
 卒業して縁が切れたと思ってたのに店にまで来るなんて。

 マリーはすっかりご立腹だがシアはまた始まったわねと思いながらも安心していた。
 彼が来ててくれたなら。

「マリー、わたしもう帰るわね。もう暗くなってきたし、また来るから」

 シアがそう言うとマルローネは「え〜もう帰るのぉ?」と不満そうに呟き、クライスはちょっと困った顔をして軽く一礼した。

「じゃあね」
 シアはマルローネとクライスを店に残して出て行った。

 マリーったら、相変わらず鈍いんだから。

 クライスがなぜ彼女に構うのか気付いていない。
 シアはマルローネから話を聞くたびにおやおやと思っていたのだが。
 マルローネが卒業しても店にまでやって来るのなら、彼が彼女を守ってくれるだろう。

「でも、逆にもっと危ない事になっちゃうかしら?」
 シアは1人呟いてみるが、それが良い事なのか悪い事なのか判らない。


「で、あんたはここに何しに来たのよ?まさか嫌味を言いに来た訳じゃないんでしょう?」
 シアが帰ってしまって苦手なクライスと2人っきりにされてしまったマルローネは不機嫌さを隠しもせずに尋ねる。
 早く用事を済ませて帰って欲しいと思いながら。

「あなたが店を開いたと伺ったので拝見しに来たんですよ。史上最低の成績を残した卒業生が開く店とはどんなものかと思いまして」
 クライスはつけているメガネをつと持ち上げて店内を見渡す。

 店はまだ開いたばかりなので、封を開けていない機材や材料が雑然と並んでいるだけだ。
 依頼だってまだ無いのだろう、当然だが。
 院を出たとはいえ、何の実績もない道士にそうそう仕事など来ない。

「見て納得したならさっさと帰って。あたしは忙しいんだから」
 マルローネは、シアが来るまでしていた片づけを始めた。
 こいつといるとイライラさせられるからと追い出したがっている。

「本当に1人でやって行けるんですか?本当に錬丹術を修めたと本気で?」

 クライスの言葉にマルローネは一瞬詰まりながらも。
「本当に本気よ、ちゃんと修めたもん。導引だって胎息だって辟穀だって服餌だって・・・」

 錬丹術とは、気を調整し仙の成す技を使うべく行う術である。
 そして気を高める為に行う修行方法として導引・胎息・辟穀・服餌がある。
 導引とは体の動きによるもの、胎息とは呼吸法・辟穀とは断食・服餌とは服薬によるものである。

 院では気を高める修行方法の理論を説き、符呪や祈祷といった実践を教えている。
 符呪や祈祷は真似るだけでも出来るので外道士といったものが存在するが、錬丹術を伴わないので完璧さに欠けてしまう。
 ちゃんと修行を修めて体得した者でないと道士として技を使う事は難しい。

「一つ抜けていませんか?房中はどうしました?修めたんですか」
 クライスの言葉にマルローネは再び詰まる。

「り、理論は修めたわよ」
 実践なんて・・・出来るわけが無いじゃないの!
 マルローネは片付ける手を止めずに赤くなった顔を背けながら心の中で叫ぶ。

「なるほど、あなたは理論だけ修めれば居並ぶ外道士に錬丹術の正当性を見せつけられる自信があると仰るわけですね」

 マルローネは今度こそ反論出来なくなってしまった。
 善良な人々に法外な値段を請求して符呪を行う極悪な外道士は許せないし、そこいらの外道士に符呪で劣るつもりはない。
 だが、錬丹術を完璧に修めて正当性を知らしめる自信まであるわけではない。

「だって、房中術は1人じゃ出来ないじゃないの」
 くるりとクライスに向かって叫んだマルローネは驚いた。
 彼が思っていたよりも彼女の傍に近づいていたから。
 慌ててまた彼に背を向ける。

 驚かさないでよ〜。
 クライスったら2つも年下のクセに背はあたしより頭半分は高いんだもん。
 急に傍に寄られるとびっくりしちゃう。

 しかし、次の瞬間、マルローネはもっと驚く事になった。
「ならば、私と共に習得しませんか?」
 クライスがそう言ってマルローネの腰に手を回して来たからだ。

 マルローネは硬直してしまった。
 ええっ?それって?つまり・・・2人で・・・アレを???

「私に気を向けてください、マルローネさん」
 クライスはマルローネの耳元でそっと呟く。
 そして腰に回していた手がゆっくりと優しく彼女の体の上を滑る。

 彼女の後ろから回された手は服の上からお腹や胸を撫でるように触れていく。
 マルロールネは抵抗する事も出来ずにクライスの体に背中を預けてしまう。
 両肩が彼の胸に支えられて、クライスが思いのほか広い胸をしている事に気付く。

 そっか、彼は男であたしは女なんだっけ。
 今まで、頭は良いけど嫌味な事ばっかり言う生意気な後輩としか思っていなかったのに。

「私と気を交わすのは嫌ですか?」
 彼の愛撫に抵抗しないマルローネにクライスは確認するように尋ねる。
 マルローネの顔を彼に振り向かせ、じっと瞳を見詰めて。

 マルローネはぼんやりとして答えない。
 黙ったままでいる彼女の唇にクライスはそっと唇を重ねる。
 ゆっくりと重ねられた唇は角度を変え、次第に舌が入り込んでくる。
 マルローネの口の中をクライスの舌が優しく犯していく、歯をなぞり舌を絡め段々と強く。
 唇が離れた時には呼吸が苦しくなるほどだった。

 ぐったりとしてしまったマルローネにクライスは再び問いかける。
「答えて下さい、マルローネ。嫌ですか?」

 彼女はほんの微かだが首を振った。
 それを見たクライスはマルローネを両手に抱き上げた。
「寝室は2階ですね?」
 小さく頷いた彼女を抱いてクライスは薄闇が迫ってきた店を後に階段を上る。

 マルローネはゆらゆらと抱かかえられながら、どうしてあたしは嫌だと言わなかったんだろうとぼんやり考えていた。
 クライスと気を交わすなんて事、今まで考えた事も無かったのに。
 彼だけじゃなくて誰とも、そんな事、考えた事が無かった。

 このまま彼に抱かれてしまっていいの?
 クライスが好きなのかな?・・・分からない。

 でも、さっき触られた時は嫌じゃなかったの。
 気持ちよかった・・・もっと触れて欲しかったの。
 あたしって淫乱なのかなぁ・・・でも痴漢に触られた時は鳥肌が立つほど嫌だったし。

 クライスに耳元で囁かれてぞくっとしたけどあの時とは違う。
 ちょっと嬉しかった・・・だっていつもと違ってとっても優しい感じがしたから。
 いつも嫌味を言われてバカにされて、嫌われてるかと思ってたから。
 優しくされて嬉しかった、だから嫌じゃない。

 マルローネがそんなことを考えている内にクライスは彼女の体を寝台の上にそっと下ろした。
 シュ、シュルと衣擦れの音がする、そしてパサリという音とカチッという音。

 クライスが服を脱いでメガネを外したのが寝台に横になって目を閉じているマルローネにも音で分かる。
 今ならまだ間に合う、嫌だと言って、起き上がって、そうすれば。
 でも体は動かないし、動きたくなかった。

 クライスが寝台に上がってきてマルローネの服に手を掛ける。
 喉元からスリットまで斜めに掛けられている合わせの釦を外していく。
 
「あっ」
 緩んだ胸元から手が差し込まれて彼の手が素肌に触れて思わず声が出る。

「私の名前を呼んで下さい、気を向ける相手の私を呼んで」
 気を交わす時に気を高め合う手段の一つと講義で習ったから知っているけど。

「ク、クライス・・・」
 恥ずかしくて小さい声しか出ない。

「マルローネ・・・もっと呼んで下さい」
 彼の手はすっかり胸を肌蹴て大きく円を描くように揉んで来る。

「クライス・・・クライス」
「ああ、マルローネ」
 クライスが再び唇を重ねてくる。

 マルローネは彼の髪にそっと手を伸ばし指に絡ませる。
 真っ直ぐで癖の無い彼の髪、襟足で途切れているのにふと不満を感じて前髪からかき上げるように指を潜らせているといつの間にか彼の頭を抱えるように抱いている。

 マルローネの唇を離れた彼の唇は首筋に鈍い痛みを残しながら胸へと移動していく。
 そして指は気を放ちつつある場所に伸びてくる。

「あん、クライス・・・そこは・・・」
 触れられた途端に体がピクンと跳ねる。
 無意識に足が閉じてしまう。

「体の力を抜いて気を集中して下さい。習いましたよね、そうすれば痛みが少なくなると」
 クライスに諭されてマルローネは体の力を徐々に抜いていく。

 気を集中して・・・クライスが触れてくる場所は経路となり、丹田へと向かって気が集まってくる。
 彼が足を大きく広げ顔をそこに近づけた時、気が溢れそうになっていた。
 舌がなぞる様に這い、中に入ってくる。
 腰が動きそうになるが、両手で押さえられて動けない。

「はぁ、もう・・・やめて・・・」
 息が苦しくなる。胎息が上手く使えない。
 クライスは全身を震わせているマルローネの赤い真珠に歯を立てた。

「いやぁあん!」
 マルローネは叫んで気を放ってしまった。

 クライスはぐったりしている彼女の足を更に開いて全身で覆い被さった。
「マルローネ、放ってばかりではいけませんよ。気を交さなくては房中とは言いません」
 そう言って、まだぼんやりとしているマルローネを促す。

 彼女が呆然としながらも彼の背中に腕を回して体を引き寄せると、一度は放った気が再び集中してくるのを感じた。
「ああっ、クライスゥ・・・」
「・・・マルローネ」

 鈍く感じる痛みよりも自分の中に他人を感じている事がショックだった。
 これが男性の陽?・・・なんて熱いんだろ。
 クライスはマルローネを気遣ってか暫らくじっと動かずにいてくれる。

「大丈夫ですか?マルローネ」
 彼女を伺ってくるクライスの薄青色の瞳にマルローネは思わずドキリとする。
 その鼓動が彼女の腰を揺らし、クライスは辛そうに呟く。

「ああっ、そんなに締め付けないで下さい」
 彼のそんな顔が可愛くて、マルローネは本能の赴くままに彼を翻弄すべく腰を使い出す。

「くっ、初めてだと思って気遣って差し上げたのに・・・あなたと言う人は・・・」
 クライスはマルローネを睨むと自らも激しく動き出した。

「ああん、クライス・・・やぁん・・・あぅ」
 クライスの顔を見ている余裕など無くなってしまった。
「自業自得ですよ・・・マルローネ」

 はぁっ、アツイ!熱くて熱くて融けてしまいそう・・・融けてしまってクライスとあたしが
一つに融け合ってしまいそうなくらい・・・。

「も、ダメ・・・」
「く・・・」
 マルローネが再び気を放ちそうになるよりも一瞬早く、クライスの気が放たれた。
 マルローネは唖然として腰に重みと彼の精を感じている。

「クライス・・・」
「はぁ、すみません、私も修行が足りないようです。我慢できると思っていたのに」
 クライスは恥ずかしそうに手で顔を覆っている。

 やだ、いつもは生意気なクライスが何だか可愛い!
 マルローネは隣に仰向けになったクライスの首に腕を回して楽しそうに尋ねる。
「ね、どうして我慢できなかったの?」

 面白そうに聞いてくるマルローネに眉を顰めながら、
「本気で聞いているんですか?」
 怪訝そうに聞いてくる。

「うん、だって男の人の事なんて解んないし」
 きょとん、と無邪気に言うマルローネにクライスは溜息を漏らした。
「あなたは本当に鈍い人ですね」

「何よぉ、鈍いって・・・キャ!」
 クライスの上に上体を乗せていたマルローネは再び組み敷かれてしまった。
「あなたとずっとこうなりたかったんです。だから我慢出来なかったんですよ」
 そう言ってクライスは再びマルローネの体に触れて来る。

 あたしとずっと?・・・房中の修練・・・って事じゃなくて?
 ああん、いやっ、そこ・・・もしかしてあたしの事・・・好きって事?

 快感に翻弄されながらもマルローネはクライスの言葉の意味を考えようとしていた。

 クライスがあたしの事・・・好きなら・・・嫌じゃないかも・・・嬉しいかもしれない。
 マルローネはクライスの体に腕を伸ばして抱きしめる。

「クライス、クライス・・・ああっ」
「マルローネ・・・マリー」
 掠れるような声で呼ばれてマルローネはまたもや胸がときめくのを感じた。

 嬉しい、クライスもっと呼んで、あたしの名前・・・。
「クライス」
「マリー」

 クライス、どうしよう。あたしもあんたの事好きになっちゃったみたい。
 今まで生意気な後輩だとしか思っていなかったのに。
 これが・・・恋ってモノなのかな?

 シアは何て言うだろうか?
 そうだ、明日は織女節だったっけ、シアと一緒に寶雲道に行って姻縁石にお供えしてお祈りしてみようかな、今までは見ているだけだったけど。
 今年は祈る相手が出来ちゃったみたいだし・・・。


「孟蘭節月夜」へ続く


Postscript



 クラマリのまともな(笑)創作です。

 織女節とは七夕の事です。英文的に言うと「Seven Sisters Festival」
 これは中国の御伽噺に由来しているそうで、織姫は7人姉妹の長女だったそうです。

 現在の香港では若い恋人達のお祭りとしてお線香や果物をお供えしているそうです。
 舞台は架空都市としていますが、香港の年中行事を素材にして書いていこうと思っています。

 ちなみにお祭りは全て陰暦で行われていますので、今年の織女節はまだ先です。
 香港の政府観光局のHPで調べました。

 多国籍な人々が集まっているというのは第二次世界大戦前の上海をイメージしています。
 これはある方が中国服のクラマリを描かれていたのに触発されて書いたものです。
 ご本人の許可は頂きました。

 その絵を見ていて連想したのは、チャイナ服のスリットから札を出して構えているマリーでした(シャーマンキングの道潤のような)
 今回はそういったシーンが出てきませんでしたが、道士といっても陰陽師のようなイメージを もって書いています。

 道士の設定は非常に曖昧です。
 錬丹術について二人が語っていますが、本来あれは仙人になるための修行方法で、仙人とは 不老不死を目指しているものです(ち、違うかな?)。
 ここでは仙人のような技を使う為の修行法と言っています。

 ネットで道教について調べたのですが、奥が深くて適当な所だけ拝借しました。
 外道士といった存在もここだけのものです。

 符呪とは本来おまじないの事ですが、陰陽師が式を飛ばすようなことを連想しています。
 道教って神仙思想(錬丹術)陰陽五行説(陰陽道)道家思想(万物斎同)といったものを 中心に作り上げられたものですので、都合のよい部分だけを頂きました。
 う〜ん、これだからパラレルものって都合がよくて止められない。
 しかし、基本的に底が浅いので、あまり突っ込まないで楽しんで頂ければありがたいです。

 イーシャンとは上海で中国服のことを指す言葉です。北京ではイーチン。
 鬼をグイと言っているのは造語に近いかも・・・ちゃんと中国語を勉強していないので。
 鬼についてはこれからの話で出すつもりですが、幽霊や悪霊・魑魅魍魎の類の事です。

 まだまだ未熟な道士のマルローネはクライスと一緒にせっせと修行に励んでいる事でしょう。
 あ〜あ、スケベ心全開なお話になってしまいました。今回も。

2002.7.11 up

 

 

 

 

 

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