『傍迷惑な女達』番外編

月とスッポン




「お母さん、もういい加減にしませんか?」

彼の遺言状が公開された帰り道、車の中で泣いているわたくしに息子の杜也がそう呟いた。

息子はこれと全く同じ言葉を十年前に一度だけ言った事がある。



「お母さん、僕は今日、僕の父親だと言う人に会いました」

学校から帰ってきた杜也にそう言われて、わたくしは戸惑った。

ウェルナーは今、海外に出張中だと聞いていたのに。

それに杜也が彼に会って、何か辛辣な事を言われなかったか気になった。

彼はとても冷酷な人だから。

けれど、それは杞憂だったようだ。

杜也の次の言葉に、そんな不安は吹き飛んでしまったから。

「峯下雅也と言う人です」




どうしてあの人が?今になってそんな事を言い出すのか判らなかった。

「何を言い出すのかと思ったら、馬鹿な事を。あなたの父親はウェルナー・クリフォードだと言った筈ですよ」

内心の動揺を必死で押し隠して、杜也にそう告げる。

そう、杜也の父親はウェルナー。

彼はちゃんと認知をしてくれたのだもの。

「でも僕はあのアメリカ人よりも彼に似ていると思いますが」

杜也の言葉にわたくしは息子を睨みつけた。

「わたくしは『峯下雅也』などと言う方は存じ上げません。あなたの父親はウェルナー・クリフォードです」

そんな名前の人はわたくしの記憶には無い。

とうの昔に忘れ去った人だもの。

「お母さん、もういい加減にしませんか?」

杜也は呆れたようにそう言った。

今更何を言い出すのかと思えば

「これ以上、あのアメリカ人に拘っていても意味などありませんよ。彼がお母さんと結婚する気などないのは判り切っている事でしょう?それよりも僕は実の父親と・・・」

「お黙りなさい!」

わたくしは怒りのあまり、杜也の言葉を大きな声で遮った。

「あなたの父親はウェルナー・クリフォード以外の誰でもあり得ません。もう二度と、そんな戯言を言わないで頂戴」

その時、わたくしは杜也の言葉を否定する事に気をとられ、息子とあの人が会う事に気を配らなかった事を後になって後悔した。

あの人は仙台に居るのだし、と高をくくっていたのだが、携帯やメールで連絡を取り合っていたらしい。

それを知ったのは、杜也が希望する大学の学部を高校の担任から聞かされた時だった。

「医学部?どうして?まさか、あなたは・・・」

杜也を問い詰めると、息子はあっさりと白状した。

ずっとあの人と連絡を取り続けていた事、あの人と同じ医師の道を希望している事。

「どうして?あなたは彼の跡を継ぐのよ?」

あんな使用人の産んだ子供達より、杜也の方が何倍も優秀で彼の跡を継ぐのには相応しい筈よ。

それをずっと言い続けていたはずなのに。

どうして?

杜也はわたくしが何を言っても聞かずに、希望する進路を変えようとはしなかった。

そして、わたくしが文句を言えない結果を出す事で、わたくしの反対を押し切った。


杜也は今まで親の言う事を良く聞く良い子だった。

滅多な事でわたくしに刃向った事もない。

けれど、本当に嫌な事は遠回しに何かと引き換えにしてでも断って来た。

例えば『にんじんを食べますからピーマンは食べなくても良いですか?』と言ったように。

学校の成績や習い事の成果を上げて、自分の要求を通して来た。

駄々を捏ねる様に我を通す訳ではないので気付き難いが、妙に小賢しい処がある。

杜也に無理な要求をしていると言う自覚が無い訳ではないわたくしは強く反論出来ない。

誰に似たのか、考えたくもないが・・・やはり、あの男に似ているのだろうか?

杜也には絶対に言えないけれど、峯下雅也に。




あの男も、ニコニコと笑いながら気の弱い振りをして我を通していた。

20年前のあの時も。

駅前でタクシーを待っていたわたくしは、人混みの多さにうんざりしていた。

夏休みに入った所為か騒がしい学生が多い。

日傘で騒音と視線を遮りながら立っていると、ドンという衝撃と右手に冷たい感触。

「あ〜!すみません!」

見れば、眼鏡をかけた学生風の男が、わたくしの着物に持っていたアイスクリームをべったりと張り付けてくれていた。

「すみません、すみません、弁償します」
只管謝り続ける学生にウンザリしたわたくしは、ハンカチで付いたものを拭い「結構です」と断って、やっと来たタクシーに乗ってその場を後にした。

もう家に帰るだけだったし、あんな学生にわたくしの着ている着物が弁償出来る筈もないと思ったから。

勿論、不用意に着物を汚された事には腹が立ったけれど、もう二度と会わない相手をいつまでも恨んでも仕方がないと思っていた。

一週間後に同じ場所で再会するまでは。

「あ〜よかった!またお会い出来て」

声を掛けられて、誰だろうと訝しんでいると「先週、あなたのお着物を汚してしまった者です」と言った。

「是非、お詫びをさせて下さい」

ヘラヘラと笑うその学生に、わたくしは誠意が感じられなくて「結構だと申し上げたはずです」と再度断った。

けれど、その学生はしつこかった。

強引にわたくしの腕を掴んでカフェへと連れ込んだ。

そしてベラベラと自分の事を喋り出した。

名前と大学と学部と住所や電話番号まで、聞きもしないのにわたくしに教えて、メモまで渡して来た。

何度も問われたので仕方なく、わたくしも名乗る羽目になった。




「真理さんはお若いのに着物を綺麗に着こなされてますね」

峯下雅也と名乗った医学部の学生は、わたくしをそう賞賛した。

わたくしよりも三つも年下の学生にそう言われても嬉しくもないし、着物を着こなしているのはわたくしがお茶とお花の師範をしているからに他ならないのだから当然の事。

他人から賞賛される事には慣れているわたくしは、黙ってお茶を飲み干した。

「ご馳走様でした。これでご用件はお済みですわね?」

そう言って立ち上がると「あの、来週も同じ場所でお待ちしていますから」と言ってきた。

わたくしは当然、その言葉を無視して立ち去ったが、あの男は言った言葉通りに待ち伏せしていた。

毎週、同じ曜日に同じ場所へ出稽古に行かなくてはならないわたくしは上手く避ける事も出来ずに捕まってしまった。

そして毎回、カフェへと連れ込まれてお茶を一杯飲む間だけあの男の話を聞く羽目になった。

どうやら峯下という医学生はわたくしに一目惚れをしたのだと告白までしてきたけれど、わたくしには心に思う人がいると、きっぱり断ったのに「僕は諦めませんから」と堪えない。

わたくしは呆れて好きなようにさせる事にした。

毎週、一日だけ、僅かな時間に公衆の面前でお茶を飲むだけなのだからと思ったので。

それに、わたくしの知らない世界の話を聞くことは面白くもあった。

資産家の一人娘として箱入りに育てられたわたくしは、あまり男性と知り合う機会もなく、初等部から大学まで女子校だった。

学校を卒業しても幼い頃から習っていたお茶やお花の師範という、ある意味とても閉鎖された環境でしか生活していないので、男子学生がそれも医学生がどんな生活を送っているのか全く知らなかったので。




そんな事が一年も続いた頃、わたくしにとても衝撃的な事が知らされた。

あの家政婦が二人目の子供を懐妊したのだと言う噂を聞いた。

そしてそれは単なる噂ではなく真実なのだろう。

あんな素性の知れない孤児の使用人よりも、わたくしの方が彼の妻には相応しいと言うのに。

「どうしました?真理さん。何だか元気が無いみたいですが」

「別に何もありません」

医学生に鋭い指摘をされて誤魔化したけれど、意外と侮れないこの男はしつこく食い下がった。

「目が赤いですよ。何か悩み事ですか?それとも悲しい事でも?」

わたくしの悩みや悲しみを知ったところであなたに何が出来ると言うのです?

わたくしは小さな溜め息を吐いて首を振ったけれど、その時、カフェの前の道を乳母車を押した若い妊婦が通りかかるのが見えた。

勿論、それはあの家政婦などではなかったけれど、一人目の子供は表を行く赤ん坊と同じくらいだろうか?

不意に涙が込み上げて来て、止める事も隠す事も出来なかった。

「真理さん」

わたくしの涙にうろたえて焦る医学生を余所に、わたくしは自分のハンカチを取り出して涙を拭った。

「失礼。何でもありません。今日はこれで」

立ち去ろうとしたわたくしを医学生は引き止めた。

「僕には何も出来ませんか?」

悲しそうな顔をしている医学生が滑稽だと思った。

「あなたに何が出来ると言うのですか?」

わたくしは自分を慕っている男性を挑発するとどんな目にあうのか身をもって知る事になった。

自棄を起こしていたからかもしれないが。




そしてその翌年の春、医学生は研修医となったが、わたくし達は相変わらずだった。

毎週決まった日にではなくなったが、月に何度か会ってお茶をするだけの関係。

ただそれだけ。

そんなある日、わたくしは二十前の若い女の子と言っていいような女性に声をかけられた。

「武居真理さんですか?」

「どちらさまでしょうか?」

その女性に見覚えがなかったわたくしは名前を尋ねたのだが、彼女は妙な自己紹介をした。

「わ、わたし、雅也さんの許婚です」

わたくしは呆れた溜め息を吐いた。

最近、あの男がしきりと口にする『結婚』の言葉。

黙って聞き流していたが、親にでも言ったのだろうか?

実家は仙台だと言っていたが、病院を経営しているのならば決まった相手がいてもおかしくはないのだろう。

「何かを勘違いなされているのではありませんか?わたくしは峯下さんとは面識があるだけの赤の他人です」

わたくしはそう言い残して、その女性の前から立ち去った。

何かを約束したわけでもない、唯の顔見知りと言うだけで、友人ですらない。

なのに、何故あの男とさも何かを約束したような間柄だと邪推されるような事を言われなければならないのか?

わたくしは理不尽な出来事に腹を立てた。

その怒りは、図々しく彼の家に居座っている家政婦に向けられた。

わたくしに彼の子供が出来たと知ったら、あの女も自分の身の程を知るだろうか?

彼が長期出張で出掛けている間にあの女にそう告げてやったら、真っ青な顔をしていた。

いい気味だわ、わたくしの今までの苦しみを思い知ればいい。





あの邪魔な家政婦が彼の家を出て行ったと聞いた。

それも子供達を連れて。

これで彼とわたくしとの間の障害がなくなった。

安堵していると、連絡を取らなくなったあの男がわたくしを待ち伏せていた。

今更何の用だと言うのだろう?

ちゃんと「もうお会いしません」と伝えた筈なのに。

「会えない理由をお聞きするまでは納得できません」

ちゃんと引導を渡さなければ駄目なのかしら?

「わたくしには好きな方がいると申し上げておりますでしょう?あなたのような方とお会いして、あらぬ誤解を受けるのは迷惑ですわ」

そう、2年前にこうするべきだったのだわ。

「僕は諦めないと言った筈です」

いつもヘラヘラニコニコとしているこの男にしては珍しいく怖いくらいに真剣な顔をしている。

「いい加減に諦めて下さい」

わたくしが溜め息混じりにそう言うと「諦めるのはあなたの方ですよ、真理さん」などと言い返してきた。

「あなたの好きな人はあなたの事など見向きもしませんよ。だって彼には子供を3人もなした女性がいるのでしょう?」

わたくしはその言葉にカッとなって思わず手を上げた。

「あなたには関係のない事でしょう?」

わたくしの平手を黙って受け止めた男は、それでもわたくしの右手を強く掴んで離さなかった。

「関係あります。僕はあなたが好きだと何度も申し上げていますから」

怒った様に怖い顔をした男の力には抗えず、わたくしは必死の抵抗も男性の力には適わない事を身をもって知る事になった。

「すみません、真理さん。乱暴にするつもりは・・・」

事後に冷静になった男が詫びて来たが、わたくしは許すつもりなどなかった。

「触らないで!これでもう二度と会わない理由に納得していただけましたわね?」

悔し涙が隠し切れなかった私の顔を見て、流石にあの男も何も言い返しては来なかった。

「わたくしはあなたの事なんて大嫌いです。もう付き纏わないで下さい」

最後にダメ押しとばかりに言い捨てた言葉で納得したと思っていたのに、あの男はそれからも付き纏った。

稽古場に、自宅に何度も押しかけてくるので、わたくしは稽古を休み、自宅を出てホテル住まいを余儀なくされた。

そんな事が一ヶ月も続いた時の事だった。

わたくしは泊まっているホテルのロビーで彼に再会した。





「大丈夫ですか?ウェルナー」

久し振りに再会した彼は酷く酔っていた。

「ん・・・ああ、真理、か」

歩くのも難儀そうな彼の様子にわたくしは驚いた。

彼はお酒に強そうだったし、いつもこんなに酔った様子など見せたりはしていなかったので。

「・・・わたくしの部屋で休んでいかれますか?」

女のわたくしから誘う事は、はしたないことだと思いながらも放って置く事は出来なかった。

「・・・水を」

苦しそうな彼にお水を渡すと、彼は「ああ、すまない瑠璃」と言って水を飲み干すと眠ってしまった。

「酷いわ、ウェルナー」

わたくしはベッドですうすうと寝息を立てる彼を小さな声で詰った。

『瑠璃』とはあの家政婦の名前。

わたくしとあの女とを間違えるなんて。

そんなに愛しているのなら、どうして結婚しなかったの?

子供まで生して置きながら。

だから、わたくしは微かな希望を捨て去る事が出来なかったのよ。

あなたが妻に望んでいるのはあの女ではないのだと。

わたくしのような女なのだと。

過去の離婚が原因なの?

それとも、あの女が結婚を渋ったの?

理由はわたくしには判らない。

けれど、長期の出張から戻った彼の元にはあの女は戻っていないのだろう。

彼の深酒はそれが原因?

「本当にあなたは酷い人だわ、ウェルナー」

あなたを好きなわたくしに、こんなに酷い仕打ちをするんですもの。

わたくしは眠っている彼の服を脱がせた。


そして翌朝、目覚めた彼はやはり昨夜の事など覚えていなかった。

けれど、傍らにいたわたくしに驚いた様子も見せなかった。

普段からこんな事ばかりしているのかしら?

何かあったら連絡をするようにと弁護士の名刺を渡された。

そしてシャワーを浴びに行く。

冷たくて酷い人。

彼がシャワーを浴びている間に、あの男がホテルの部屋へとやって来た。

「真理さん、僕とちゃんと話しをして下さい」と相変わらずしつこい。

そこへシャワーから出てきた彼が「真理、誰だ?」とタイミング良く声を掛けてくれた。

「・・・真理さん?」

「お分かり頂けまして?もうお話しする事はございません事が」

顔色を失くした男に私はそう言ってドアを閉めた。

何度も実家にわたくしの居場所を訊ねて来ていたあの男に、居場所を教えるように伝えたのはこの為。

これで、あの男はわたくしから離れ、そして・・・このお腹の中の子供は彼の子供だと認めさせる事が出来るだろう。

図らずも、あの女に言った言葉が本当になってしまった事になる。

わたくしを傷つけた男達なんて、みんな酷い目に逢ってしまえばいいのよ。



わたくしが妊娠したと告げると、彼は子供の認知と養育費の支払いを約束してくれた。

だが、実家の両親はわたくしが庶子を産む事に反対し、子供が生まれた後も「子供を養子に出して他の男と結婚しろ」とまで言い出す始末。

けれど、わたくしはその意見に激しく抵抗した。

子供を手放すものですか。

だって、やっと手に入れたのですもの。

愛を注いだ分だけ愛し返してくれるのに何も障害や問題がない存在を。





杜也はわたくしに似て、可愛らしくて容姿が整った子供だった。

実家の両親も、孫が生まれると手放しで可愛がるような存在に変わった。

ただ少し、言葉遣いが乱暴なので、厳しく躾けて窘める事になったけれど、男の子だから仕方がない事だと思っていた。

そんな折、あの女が亡くなったと聞いた。

子供達は彼に引き取られるのだと言う。

それを聞いた両親は、またわたくしに結婚を勧めてきた。

彼との結婚が難しいものだと思ったからだろう。

わたくしはそれも激しく突っ撥ねた。

杜也には彼が父親だと教えてある。

彼以外の男と結婚するつもりなどなかった。

あの女は彼から子供の養育費を受け取らずに、自分一人の力で育てようと無理をして亡くなったのだとか。

バカな女。

子供を愛しているのならば、妙な意地など張らずにお金を受け取れば良かったものを。

わたくしは実家が裕福なので、彼からの援助を受ける謂れはないけれど、それでも父親の存在を息子に知らしめる為に養育費を受け取っている。

わたくしの両親が亡くなっても、わたくしが亡くなっても、杜也が困る事がないように。

けれど、杜也は彼が実の父親ではないと知り、本当の父親を認めるようにと言う。

そんな事が出来るものですか。

何の為に彼に認知をさせて養育費を支払わせていたのか、杜也は判っていない。




ウェルナーが不慮の事故で亡くなり、遺言が公開された日、杜也はわたくしに決意を促した。

もういい加減に諦めろと。

あの男は自分の結婚が上手くいかなかった理由をわたくしの所為にして、ずっと『結婚』を迫っている。

こちらこそ、いい加減にして欲しい。

杜也はあの男と同じ道を選んだ。

それだけで満足出来ないのだろうか?

杜也の認知の取り消しを申請するとか、裁判を起こすとか、DNAの鑑定を行うとかまで言い出す。

勝手に何でもすればいい。

けれど、けれど決して、あの男とだけは結婚などするものですか。

「お母さん。一度はきちんと話し合って下さい。お父さんと」

そう、そうね。

一度はちゃんと話さなくてはならないのでしょうね、あの男と。


何年か振りにまともに顔を合わせたあの男は、当然ながら老けていた。

それはそうだ、わたくしもこの男も、とうに五十を過ぎているのだもの。

今まで、電話で会話にならない話を聞くか、道端でチラリと姿を見ては逃げ回っていたので、じっくりと顔を見るのは本当に久し振りだ。

つくづく、年の流れを感じる。

そう言えば、杜也は初めて会った時のこの男よりも年上になっていたのだったわ。

「あなたは昔から少しも変わらずにお綺麗ですね、真理さん」

ヘラヘラとした喋り方はあの頃と変わらないけれど。

「あなたはかなり老けましたわね」

突き放したようなわたくしの言葉に何故かこの男は恥ずかしそうに頭を掻く仕草をする。

「いや〜、僕も年を取りましたから・・・もうあなたより年下だからと言う理由は意味がなくなりましたね」

暗に諦めていないと言う言葉にわたくしは呆れた。

「再婚なさるのでしたら、もっとお若い女性となさったらいかが?今のあなたには地位も財産もあるのですから」

そして、その方に子供を生んで頂ければいかが?杜也の事など諦めて。

何も大昔に関わり合った年上の女に言い寄る必要はないでしょうに。

「僕はね、真理さん。20年前に離婚した時、酷く後悔したんですよ。やはり結婚は好きな人としなければ上手くはいかないと」

だからあなたと杜也くんの事を調べて彼が僕の子供である可能性が高い事が判ったんです、などと言い出す。

「そう、それはご苦労様でした。ですが、わたくしは何度も言っているようにあなたが嫌いです。結婚などするつもりは金輪際ありません」

はっきりと告げれば理解してくれるだろうと思っていたのだが、それはとんでもなく甘い考えだったようだ。

「あなたには断る権利などありませんよ、真理さん。あなたは僕と杜也くんとあの人を騙して偽りを言い続けた。その罰を受けなければなりませんからね」

僕達だけではなく、他の人も傷付け偽り続けてきたのでしょう?と微笑みながら語る。

人の良さそうな顔をして、残酷な事を告げるのも昔と変わらない。嫌な男だ。

「・・・わ、わたくしには幸せになる資格などないと仰るの?」

「そうは言っていませんよ。ただ、僕と杜也くんに償って欲しいと言っているんです。僕と今度こそ結婚して、これからは僕と杜也くんの為に生きて下さい」

あなたがどんなに僕を嫌っていようとね、それがあなたの償いになる。

飄々と告げる男にわたくしは二の句が告げないくらいに呆気に取られた。

償いですって?

この男に?

わたくしに嫌な思いをさせたこの男に?

「ふざけるのも大概になさって!あなたにそんな事を強要する権利も資格もありはしませんわ!」

思わず激昂したわたくしにニッコリと薄ら寒い笑みを向けて、この男は尚も理不尽な要求を続ける。

「権利ならありますよ。僕は可愛い実の息子を20年以上も手元から奪われたのですし、不当な立場に置かれた自分の息子を救わなければならない資格もあるはずです」

馬鹿な事を!

「杜也はわたくしの息子です!」

「ええ、あなたと僕との子供ですよね」

ニコニコ笑うこの男に、今さら違うと言う意味を見出せないわたくしは、もう疲れてしまったのだろうか?

杜也もこの男も、杜也の父親が誰なのかよく知っている。

鑑定などせずとも、この2人が似ている事はわたくしが身に摘まされるほどに知らされた。

それに・・・そう、もうウェルナーは亡くなってしまったのだ。

わたくしに辛い思いをさせた彼はもういない。

「・・・一年・・・一年、喪に服したら・・・その時にまた考えさせて頂きたいわ」

この男は呆れるだろうか?

この期に及んで、こんな事を言い出したわたくしを。

「今まで27年待ちましたから、あと一年くらいはお待ちしますよ」

何しろ僕はあなたに声を掛けるまで一年以上掛かりましたし、などと言い出した男は、わたくしに声を掛ける以前からどう声を掛けるべきか悩んでいた事や、あの時にぶつかったのはわざとであった事までベラベラと喋り出した。

「ずっと、あなたを見詰めて来ました。日傘を差して、着物を着こなして、スッと背筋を伸ばして立つあなたを」

わたくしはそれを聞いて、呆れるばかりだった。

「スッポンのようにしつこい方ね」

「あなたは月のようですよね。ホラ、無慈悲な女王様ですし」

「・・・本のタイトルからの引用とは、些か恥ずかしくはなくて?」

眉を顰めるわたくしに、この男は朗らかに笑った。

「出典が判って頂けて嬉しいですよ。僕とあなたは趣味の話はよく合いましたよね」

月とスッポンとはお似合いじゃありませんか?などと笑う。

確かに、ただ会って話をしていた頃には、この男の話に飽きる事などなかったけれど。

「・・・月とスッポンとは似合わないものの例えではありませんでしたか?」

理系の男はおかしな考え方をする。

「そうでしたっけ?」

ヘラヘラと笑って誤魔化す男にわたくしは溜め息を吐いた。

どうせ逃げられはしないのだろう、このスッポンのような男からは。






おまけの峯下家団欒(?)


杜也「僕がレイプされて出来た子供だったとは知りませんでした(手段を選ばないヤツだな。我が父親ながら)」

真理「・・・(否定すれば雅也を図に乗らせると思い、肯定すれば杜也が気の毒になるのではないかと思って沈黙)」

雅也「いやだなぁ、杜也くん。愛があるからレイプじゃありませんよ。第一、あの時が初めてというわけでもありませんでしたし・・・痛いですよ、真理さん(どうやら抓られたらしい)」

杜也「お母さん、何も今さら恥ずかしがらなくても。僕だって医者ですからコウノトリが子供を運んでくるとは思っていませんし(知らなかったら作れねぇしな)」

雅也「そうですよ、杜也くんは製造年月日まで判っていますよ。1991年7月・・・痛いですってば!」

杜也「お父さん、あんまりデリカシーのない事を言うとお母さんに益々嫌われますよ(ホントに製造年月日が判かんのかよ?どーせ1度や2度で済ませてる筈がないんだろうが)」

静香「あなたも最初の頃はレイプと然程変わらない事をしていたのだから、血は争えませんわね、杜也さん」

杜也「初めての時の事は未だに思い出せない癖にそんな事を言うなんて酷いですね、静香さん(最近じゃ悦んで腰を振ってるくせにスカしてんじゃねぇよ)」

静香「それにしても、しつこいのは杜也さんのお母様譲りだとばかり思っていましたけど、杜也さんのお父様譲りでもあったんですねぇ(呆れた口調で)」

雅也「あはは、真理さんは意地っ張りなだけで、しつこくはありませんよ」

静香「では『ツンデレ』ですか?」

雅也「あ〜そうかもしれませんねぇ」

真理「(沈黙に耐え切れなくなって)いい加減な事を言うのはおやめなさい!わたくしはしつこくもなければ、意地っ張りでもツンデレでもありません!」

静香「あら、杜也さんのお母様。『ツンデレ』って何の事だかご存知の上で仰ってます?」

真理「それくらい知ってます!」

静香「それではご説明頂けます?」

真理「そんな事を言い出すあなたこそ、知らないのではなくて?(鼻先で笑う)」

静香「ツンツンデレデレの事でしたら存じ上げてますけど?本当に杜也さんのお母様って意地っ張りで素直じゃない方ですのね(クスリ)」

真理「・・・(ツンツンデレデレって何に?と思いつつ、『ツンデレ』ってそういう意味だったのか、と知る)」

雅也「でも、真理さんはあまりデレデレしてくれませんよねぇ(ちょっと不満)」

杜也「そうですね、僕も余りそういった所を見た事がありませんね(見たくもねぇし)」

静香「そうですわね、杜也さんのお母様ってば、杜也さんのお父様の事をあまり褒められたりはなさいませんわよね。大きな病院を立派に経営なさっている優秀なお医者様でいらっしゃるのに」

真理「・・・(静香の指摘した事よりももっと良い所はあると思っているけれど、雅也の前で褒めると図に乗ると思って言いたいのに言い出せない)」

静香「それに、背も高くていらっしゃるし、そのお年でお腹も出ていらっしゃらないし、日本人としてはイケメンではありませんか?」

杜也「静香さん、随分と褒めますね(俺の目の前で他の男を褒めるとはいい度胸だ、後で覚えとけ)」

雅也「あ、杜也くん。安心してください。僕は真理さん一筋ですから」

静香「あら、嫌だわ、杜也さん。妬いていらっしゃるの?」

杜也「自分の父親に嫉妬するほど僕は狭量じゃありませんよ(誰が妬くかボケ)」

静香「勿論、一番ステキなのは・・・」

杜也「(俺だろ?)」

雅也「(杜也くん、と答えて惚気るのかな?それとも)」

静香「亡くなった私のお父様ですけども(ふふん)」

真理「・・・そうね」

雅也「ええっ!真理さんまで賛同するんですか?酷いです!」

杜也「静香さん・・・未だにそんなことを言うんですか?(呆れたファザコンだぜ)」

真理「だって、ウェルナーとあなたは容姿的には対極にいるんですもの。あなたは典型的な眼鏡の日本人で彼は・・・」

静香「ブロンド・ブルーアイズの童話に出てくる王子様のような人ですものね(はあと)そこだけは杜也さんのお母様とは意見が合いそうですわ」

真理「ならば、そんな人と一緒になればよかったのではなくて?(杜也ではなく)」

静香「あらあ、杜也さんのお母様ったら、酷いですわ。杜也さんは私のお父様ほどではなくても杜也さんのお母様に似て、程々に派手な顔立ちをなさっていらっしゃいますわよ?」

杜也「(コレって褒められてるのか?褒められてる気が全然しねぇが)」

真理「派手って・・・あなた方はわたくしの事を『派手な格好をしたおばさん』などと散々言い回って・・・失礼じゃありませんか?わたくしは目鼻立ちが大きいだけで派手なわけではありませんよ!」

静香「そういったお顔立ちのことを派手だと申しませんか?(全く己を知らない人ね)」

真理「あなたの言い方だと、わたくしの顔立ちだけではなく、服装も派手だと言っているようですよ」

静香「あらあ(実際、派手じゃないの)」

杜也「(アホくせぇ)」

雅也「真理さんはいつもお着物ですからねぇ(困った二人ですねぇ)」






 






























 

Postscript


このお話の冒頭が「Squall」の冒頭になる筈でした(こればっかりだな)
杜也視点の話が他の人達の視点から描かれてばかりいる・・・

な、長くなりました・・・そ、それに肝心の真理と雅也の二人の会話が少ないような気がする・・・
でも、ま、いっか(いい加減)書きたい事は入れられました(それでも省いた事はある、杜也の名前の由来など)
素直じゃない真理さんですが、散々焦らして待たせて、それでも幸せになった欲しいな、と思います。
ホントはバッドエンドもチラリと頭を過ぎりました。
真理が病気になって・・・というパターン。
でも、それはな・・・ちょっと酷過ぎるよな、いくら『人を呪わば穴二つ』と言っても『因果応報』と言ってもね。

以上が別館の後書きで書いたモノ。

親父の遺言状公開の2016年11月から話が始まり、回想する形で真理が語っています。
杜也が雅也と初めて会った2007年に戻り、真理が「20年前」と言っているのは杜也が大学の学部を決めた2009年現在です、従って二人が出会ったのは1989年。真理26歳、雅也23歳の時のことでした。
最後は2016年の11月に戻って終わっています。

本文で削った杜也の名前の由来ですが、最初は(管理人が)杜という字が良いなぁと思い、それから父親の名前が決まり、『杜』だから雅也は仙台の人にしよう、という理由(酷)
ちなみに『真理』の名前にも由来はあるのです。
あのシリーズでヤスミンだった彼女はヤスミン→ジャスミン→茉莉花→真理となったのです(単純)

以上が10月3日の日記で語っていた事。

これは『第一印象・回想』を拍手から下げた時に追加として付け加えようと書き始めたものでした。
なので、真理が雅也との出会いを振り返る形になっています。

真理はお嬢様なので、あまり赤裸々に語っていませんが、子供を成した男との付き合いが2回だけ、ってコトはあり得ません(苦笑)なので、初めてからの1年間、それなりに大人のお付き合いをしていました。
だから、雅也は『結婚』を口にしていたのです(国家試験にも受かったし)けれど、真理にはその気があまりなかった・・・と言うよりも、グラついて来ていた所に許婚が登場して、あっさり断る事に決めたのでした(気の毒な雅也)

別館がアダルト表現禁止とはいえ、あまりにも流して書いたので、おまけで「団欒」と言う形で色々と語って貰いました(大笑)
静香の言うように、真理は一切雅也の容姿に着いて褒めてるどころか語ってもいませんが(眼鏡をかけているとだけしか表現していない)それなりに和風のイケメン(笑)
真理は派手な顔立ちの美人ですから、その二人の間に出来た杜也は当然美青年です(大笑)
このシリーズは相手の容姿についてあまり褒めるコトが無いよなぁ。容姿で好きになった訳ではない、を強調したいからでもないんですが(容姿は大切な要素だと思うから)

団欒の時期としては、静香が子供を産んだ後あたり?
仙台で皆様仲良く(?)暮らしていらっしゃいます。


別館 200910.3.up HP2009.10.5up



 

 

 

 

 

 

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